事務局 日誌
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2003年02月28日(金) まいど賑やかなPCC・障害児の進学

 オオバラコクタイの事務所へ行ってみると新発田トリオ(川崎・佐々木・坂詰)が既にお掃除を済ませ、パッチワークが始まっていた。猪爪さんも借り出されている。そこへ柏崎から高橋さんがスイッチの研修に来られた。光スイッチなどご案内する。小杉さんも織田さんがお休みにもかかわらず「新しい患者さんが来るというので」とおいでになった。宮坂氏、ついで私の姪等という飛び入りもあったが、1時半頃井川直子さんがおいでになった。筆記で大西医院受診の経緯を解説。これから受診とのこと。小杉さんが諄々と経験を語られ、佐々木夫人も自己紹介をかねて病気のことを話してくださった。美恵子シェフはいつものように淡々と面白いことを言っていた。
 夜、7時から喫茶「けやき」で知的障害児が定員割れにもかかわらず明鏡高校への進学を阻まれた事への抗議の理解を求めるミニ集会があり、守岡トミ子さんと参加。勇二君は身体障害にもかかわらず卒業できた。知的障害となると世間の壁は厚い「普通に暮らしたいのに訴えても訴えても私たちには厳しい世界」と言う声はヘルパー吸引の厳しさと重なっていた。24時間365日障害を持ち続け、その持ち続ける家族と離れられない家族の重さを感じさせるものだった。小学生の障害児を持つ若い家族は、何故自分たちが、まだまだこれからさらに厚い壁に向かわねばならないのかという問いかけをしていた。


2003年02月27日(木) 五泉へ

大越さんがお手製のレモンパイを持ってきてくださった。山ちゃんと一緒に観桜会の案内先ラベルの作成。一時間足らずでお帰りになった。
午後遠来の友人と五泉へ。山崎力さんを訪問予定だったが、先に新津保健所伊藤保健師から急な連絡で参加することになったケースカンファレンスのため3時から南部郷厚生病院へ。佐藤医師・青山MSW・PT・NS他十数名。終了後Iさん宅へ。バイパップで患者会は拒否だが県内に140名の同病者がいるとお話しすると涙を流していらっしゃった。
夕方ようやく山崎さんを訪問。広大な檜づくりの御殿のようなバリアフリーの新築邸宅。居間も仕事場も広々としている。週3日ほど気管切開をした今でも仕事をなさるとのこと。横山さんに励まされていること、清水さんのHPを毎日何回も開いて音楽を聞きながら力を得ていること、自分もそのうち動きますよなど頼もしいお話しをしてくださった。
真っ暗な高速をぶっ飛ばして7時近くに一足先に電車で帰った友人の待つ駅へ到着。無事一日終了。


2003年02月26日(水) 老人介護のミーティング

 松下電器松尾様から電子文字盤モニター依頼の連絡あり。3月13日木曜午前に来局することになりました。関心のある方ご連絡下さい。
 私事ですが、この日午後、実家で老人介護のミーティングがありました。93の母と74のパーキンソンの姉を10人近くの他人が看ています。保健師とケアマネさんから「老人介護の心得」「パーキンソン病について」の簡単な講義をしていただき、お互いの情報交換をしました。大変有意義でした。時々集まること、外部の人から話を聞く事は刺激になります。


2003年02月25日(火) 呼吸リハビリ案内

午前山ちゃんに急遽呼吸リハビリの案内を出してもらう。
午後太平町吸引ボランティア。
伊藤吸引検討会委員より吸引実例集の資料提出可能との知らせあり、山田さんの例他を纏める。


2003年02月24日(月) 病院ストレス

 午前久し振りに有馬さんが来局。守岡ボランティアの相談など。
 午後恵美子会計係が手作りパイを持って登場。それを土産に有馬さんと共に西新潟HPを訪問。守岡君は元気そう。Tさん高熱続きに胃潰瘍で大変だったと疲労困憊のご様子。病院にいること自体がストレスだが在宅もできない場合どうすればいいのか。長期入院環境の整備が何とかならないものか。
 本部からFAX通信のあった「新役員の選出」について、「前任者優先」主義が顕著なため金沢・山口・堀内理事及び役員選考委員の高橋・橋本誠氏に相談メール等出しておいたが面倒なことになりそう。


2003年02月22日(土) 新しい家族

清水さんの泊まっている事務所へ午後から一組のご夫婦が来局しました。(その顛末は清水さんのHPに乗るでありましょう)大西先生から行くように言われたので、と先にお電話を下さったご主人と患者である奥様、40代後半です。
先週末ほぼALSであろうと言われ、これから先のことなどどうなるのかという不安が一杯で泣き暮れていらっしゃるご様子のお二人でした。球麻痺タイプと言われたとおり筆談ですが手早い筆記に長年の事務職キャリアが伺われます。ケアブックや写真ビデオもご覧になりましたが、何よりも清水さんの深い共感と力強い励ましが特効薬でした。パソコン教室参加もお約束した後、15年経理をやってきたというので「支部の経理を手伝って下さい」というとパッと顔を輝かし「張りができます」と嬉しそう。(恵美子さんには名簿管理に取りかかってもらえるわ、と密かに嬉しい私)。帰りがけ「水曜日に舌の筋電図を取って最終診断です。違っていることを願っています」と・・。帰宅後早速「胸の痛みが少し薄らぎました。こんな私でもお役に立てることがあって嬉しい」とメールが入りました。IGAWAさんです。皆さんどうぞよろしく。
夕方三条のKABAYAMAさんから織田さんに来訪して欲しいとの依頼。勿論織田さんは二つ返事です。
柏崎の中村さんからも改造マウスが届いた、との電話でした。修一君と清水さんが電話のご対面でした。
経験を生かし生かされ支え合う、そんなALSファミリーの体温を感じた夜でした。


2003年02月21日(金) 朱鷺メッセ

10時に佐々木夫妻と新発田組(川崎・佐藤・坂詰)が到着。織田・小杉組にいのさんが加わりメンバーが揃ったところへ田村一(イベント業)が来局、新しい備品表を見せてくれました。女性陣はパッチワークに心奪われている様子。
ほっかほか弁当で昼食をすませ(宮坂さんはここだけ参加)朱鷺メッセへ。ひまわりの小林さんが現地参加でした。
ガラス張りの広い建物、絨毯を敷き詰めた立派なホールは夢を持たせてくれそうですが、エレベーター・エスカレーターの狭さに厳しい現実をみました。
県の案内人は近藤さん。最後に料金確認でいくつかの訂正がありました。会場も13日メーンホールはキャンセル、2階中会議室を一つ13〜22時まで借りました。
ユニゾンで幹事会。佐々木夫妻・小杉・織田・清水・白井・若林の7名。
今後の予定。4月20日観桜会(支部有志参加・HPにおける横山案は試案ですね)、5月31日本部総会、6月7日支部総会。
2月末の松岡さんの講演諾後正式案内と寄付(目標百万・本部でなく支部財政の援助のために)の依頼。もしダメならノリス夫人・患者塾辻本さん・まごころヘルプ河田さんなどが候補に挙がる。河田さんには「介護の心。やる側受ける側」の話がして欲しいとのこと。今回でなくとも、これ自体が立派な目玉になりそう。 
予算は後記・15000円会費で本部から最大300万の援助を織田さんと試算舌ものを提出。時間不足、説明不足でした。
9月全国大会で恥をかかないようにしたいと再確認。準備実行委員会の確認をしていないこと陳謝します。今月中にいたします。
 


2003年02月20日(木) 自薦ヘルパー

山ちゃん「ぶっちゃけた話」の名簿入力。
ヘルパー吸引問題に関連して宮城伊藤・静岡堀内と連絡。永井先生から「春から解禁されないようなら実績を作るしかないのではないか」という意見もnanbyoーmlにあがる。全く不安。
夕刻山田雅則さん宅で自薦ヘルパー候補の猪俣さんと面談。山田あつこケアマネさんが奔走。感謝です。明日手続きに行くとのこと。


2003年02月19日(水) 第3回ヘルパー吸引検討委員会傍聴

10〜12時第三回ヘルパー吸引検討委員会傍聴。産業経済省別館944で。
焦点の絞られない議論で終始。JALSA提出の資料が採用されないことに疑義を感じ金沢氏をともない前田座長、三浦医事課課長補佐に抗議。委員からも資料要望があったので次回は出すとのこと。
塚田・堀内・川上・吉本・村木さんと昼食。14:20TOKIで帰省。後は孫ちゃんの日。
海野氏より三浦補佐と話した内容を質問する電話あり。もっとプッシングに資料提供を計りマスコミにも情報を流して欲しいと要望。


2003年02月18日(火)

朝川上さんに電話、千葉のヘルパー研修について聞く。支部開催ではなく県のヘルパー研修に関与しているとのこと。保健所との連帯がよく県の担当者とも連携が良いとのこと。大変参考になった。が、長話になり、大幅に出勤が遅れました。昨日の代わりに出勤の織田さん恵美子さん済みません。(一寸活を入れて下さい)。
山ちゃんに修ちゃんの改造マウスを送ってもらう。またプリンタ不調。
予算書などスキャナ取り込み。
時間終了後昼食を。恵美子さん縁の「玄」で素晴らしい庶民派中湾料理。皆様どうぞごひいきに。
3時過ぎNさん宅へマイクロスイッチと伝の心の貸し出し。
夕刻長井画材店経由実家「老健荘」へ。


2003年02月17日(月) マイクロスイッチ

本部関係メール:荒川・金沢・山口他。
部品を求め、伝の心用マイクロスイッチを作成。途中間違えて織田さんにSOS。
21日の件。佐々木さん運転ボランティア白井さんに依頼とのこと。
清水さんヘルパーをシルバー人材に依頼してくれとのこと。探して数日中に連絡下さるとのこと。
近畿西村さんにも相談電話。これは本部問題になり長くなりました。


2003年02月15日(土) 笑顔

塚田さんと平岩さん宮下さん宅を訪問。素晴らしいパッチワークタベストリーを見て頂きました。これは全国のALS患者さん49名の誕生日パターンをつないだもので明るく元気の出る芸術品です。塚田さんは日本にパッチワークを紹介した方で教室のお弟子さんが作り上げオーストラリアのALS協会に同じものを寄付したのだそうです。平岩さんの痛みをこらえた笑顔、宮下さんの思わずあふれ出た笑顔が印象的でした。
13:59のTOKIで一緒に上京、練馬区役所へ。塚田さんは東京支部の役員会が終わってしまったところへ駆けつけ、吸引問題解決促進委員会へ一緒に参加して頂きました。10時過ぎまで話が続き、久し振りに23:09ムーンライト号で帰省。車内は学生さんで一杯でした。


2003年02月14日(金) 塚田パッチワークキルト

今日のPCCはまたもや大入り満員。
織田・小杉・猪爪三氏に川崎せんせいが佐々木さんと新発田の佐藤文子さんを乗せてきて下さいました。そこへ相馬さん更に49日が済んだ岡田幸子さんが始めて訪問して下さいました。積もるお話しが沢山。
ボランティアの有馬さんが窪田さんと一緒にお手伝いに。宮坂道夫さんもミチオと呼んで下さいとカットした若々しい姿で登場。ここへ現れたのが東京支部長夫人の塚田公子さん。新潟支部のパッチワークキルトを作りましょう、と指導に来て下さいました。ノリ先生の賛同も得たつもりでしたが充分な説明をしていたなかったので一寸パニックだったかな。お料理上手の美恵子さんが手仕事も好きなのでみんなで上手くやって下さることでしょう。
ミクロウィングの石川さんと伝の心の貸出先N宅へ若林は出張。5時過ぎに帰局。塚田さん美恵子さんと外食、お喋りの尽きない夜でした。


2003年02月13日(木) OAメンテナンス

山ちゃん指一本で「秋の交流会」完成。
三条の家族から相談筺親が告知されたばかりだが色々知りたいとのこと。
PC印刷不能なのでマイサポートに来てもらう。修復不能XPには向かないのだという。メンテナンス代と言ったら1万円を請求してきた。6月までの全ての相談費ということで払った。月何時間も相談に乗ってくれるがたいしたものは買わないので相互扶助か。が図に乗られても困る。実際は便利な仲間。
織田・恵美子のシルバーコンビと友の会賛助会費案を検討。煩雑さも伴うので今年度は大会のための寄付を募ることに集中してはどうかとの話になる。織田さんは改造マウスを完成。その後9月大会の予算を一緒に立てる。
美恵子さんも木曜は和服で現れる日。珍しく4人とも連れ合いの夕食を気にしなくていい日で6時過ぎまでゆっくり過ごす。
解散後ホームページに「佐々木さんの口腔ケア」を載せる。が、画面がゆがみ島田さんにSOS。帰宅後見たら無事修正。島田さんいつもありがとうございます。


2003年02月12日(水) スキャナー・山田新さん

ヘルパー吸引委傍聴レポートをHPに掲載。中島先生からアドバイスを頂く。伊藤道哉先生よりTELあり。ヘルパー吸引の見通しなど聞く。極く厳しいものを少数やって厚労省の別部門?で引き続き検討するらしい。
近畿ブロック作成の資料をパソコンへ取り込見たいのでスキャナーを購入。一万円以下で高性能なのに驚く。細かい文字がそのまま資料としてハードディスクに納入できる。習得に一寸手間取る。
孫ちゃんの日ですぅ。
夜自宅へ筺市民病院の山田新さんがご逝去。平成2年に発病、呼吸器入院13年の意識のしっかりした大正生まれの77才。ひまわりの種の会の堀川光子さんが長年ボランティアを続けて下さっていました。ご冥福を祈ります。


2003年02月11日(火) がっかり

HPへ昨日の傍聴レポートを作成しながらもでALS協会の陳述があまりに迫力に欠け最大限落ち込む。これでは世間に理解なんか得られない。金沢資料近畿ブロック資料共に大切なものを検討会委員に配らない不可解さに疑惑と失望の闇に飲まれる(と大げさな表現をしたくなる)。
ヘルパー吸引が不可能になった場合QOLの目標を何に置いたらいいか、千葉の明るさを聞きたいと川上さんに電話。何故かみんな仲良く交流しあっているらしい。県民性プラス川上さんの人徳と見る。
金沢理事とも電話で相談。失望しきらないでみんなで挽回していこう、資料を改めて委員に配り、集まって今後の対策を考えようとの合意。これは橋本吸引問題委員長も同意見。
朝姉からボケタ笋あったので夕刻訪問。建国の日は亡父の誕生日、花を供す。


2003年02月10日(月) 第二回ヘルパー吸引検討委員会傍聴

 風邪気味でぐでぐでの朝、塚田夫人から筺パッチワークキルトの件。午後東京で会う。14日来局してパッチワークキルトを教授してくださるとのこと。
 午後上京、厚労省9階省議室。前回より傍聴席少ない。報道陣も分からず。関係事務官のみ多数。ヒアリング中心だったが看護職福祉職の堂々たる資料と意見陳述があったのに比し、ALS協会は資料提供もほとんどなく、全体の説明概論(海野)、個別の体験(長岡)、筋ジス少年の手紙(橋本)などで心情に訴えるものなし。「地方の声を代表してないよ。日常性重視の主張がない」と怒ってみたが後の祭り。先週の打ち合わせとまるで違う。どうしたのか?


2003年02月09日(日) ケアハウス鈴掛

浦佐地蔵の湯でのこと。一泊翌朝、青木さんが来る。食事終了後ディスカッション。支援費制度を巡るもの多し。CILなど自立生活センターの仲間は自分で開拓していく精神多大。清水さんもよかったと感想を。
昼食後解散。その後ダウン症の子供を持つ会のかたとスペースBEのKさんと4人で60歳以上の方向けの簡易集合住宅ケアハウス鈴掛を見学。地元の方の土地財産の寄付+募金で出来たもの。30室満室。ゆきぐに大和総合病院と連携があるので安心。
清水さんを送って帰宅6時半。体調不良の中の運転で清水さんは終始ハラハラ。ごめんなさい。


2003年02月08日(土) 「議員さんとぶっちゃけた話をしよう」

 夕刻より浦佐「地蔵の湯」で開かれた一泊二日の上記の会に清水さんと参加しました。主催は「スペースBE」というNPO障害者自立生活センター運営の小規模作業所です。各種障害をもつ方も一般の方も一緒に議員と一緒に話し合おう、というもので2回目です。参加議員は黒岩たかひろ、近藤正道、山田洋子、青木学の各氏。野党ばかりでしたが今後は与党も声をかけていくとのこと。参加者は脳性麻痺(5)頸損(1)障害児の子供を持つ会ゆいまーる(4)聴覚障害(2)ALS(1)を含む議員・自営業者・ボランティア・大学講師と多彩。カレーの夕食後お風呂に入って、後は夜っぴてお喋り。10名ほどの子供も含めて5,60人が雑魚寝。清水さんはウワバミさんと意気投合して気がついたら明け方の4時。徹夜組も数名いました。
 話会いの内容は各種障害の現状、支援費、統合教育の訴え、聞こえない現実等々でしたが色々な人がいることを肌で感じあうのがよかったのではないでしょうか。清水さんお疲れ様。


2003年02月07日(金) 佐々木さん訪問

宮坂先生と佐々木さんを訪問しました。
第一の用件は訪問歯科の本間先生に支部総会での「口腔ケア」についての講演を相談することでした。本間歯科の女医先生は極度に緊張なさり「山田学長に相談してみます。三月中頃までにお返事をします」と言う結論が出るまでに30分かかりました。確かに頼む方は気軽でも頼まれる方は気が重いもの。申し訳ありません。
その後宮坂先生と佐々木さんの昼食を挟んでの談話。生命倫理専門の先生で患者さんの生の声を授業に反映して下さる筈という期待もあり、これからドンドン患者家族さんと直接話していって頂きたいと思います。ドクターは自分が何でも応えなければ行けないと思っているけれど、人文科学系の先生は黙って聞いてくれるだけなので返って話がしやすそう。長居しすぎて佐々木ご夫妻さぞお疲れでしたでしょう。
パソコン教室はノリ先生・イノさん・織田さんと美恵子さんで「淋しかったわぁ」と美恵子シェフ。途中平岩さん訪問も合ったご様子。織田さんにはマウスの改造をお願いしました。粕汁と五穀米というヘルシーメニューでした。


2003年02月06日(木) 誕生日コレクション

山ちゃん整理整頓の日。美恵子さん和服で現れお茶。その後秋の集い再入力?
塚田さんの誕生日情報収集継続。安田(香代子)さん、小林富美子さん(まごころ三条の内藤さん)、小泉忠男さん、岡田栄吉夫人等とお話しするよい機会でした。
午後、会計恵美子さん・織田さん。織田さんは改造マウスに挑戦。
マイサポートプリンタ変換器の調整に来るも半日かかって果たせず、持ち帰る。


2003年02月05日(水) 幹事会日21日へ変更

終日家でパソコンと電話をしていました。
使いやすいパソコンがあるところに根が生えてしまいます。
日本看護協会が現場の実情を緊急収集しているので電話連絡でお願いしました。宮下・横山・渡辺(三条)・渡辺(新潟)・西脇・山崎・小野塚・守岡さん。必要ないという方ももう送ったという方もいらっしゃいます。未完です。
朱鷺メッセ見学がらみで幹事会を21日(金)に変更させて頂くことになりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
 午前10時 事務所でパソコン教室
 午後1時  朱鷺メッセ説明会(館員・熊倉・堀内担当)
 終了後   ユニゾンプラザ4F小研修室2で幹事会
朱鷺メッセ見学は正味一時間ほどだそうです。
2時半頃終わって3時頃から幹事会になるだろうと思います。遠方からの出席者の帰り時間から逆算して見学が1時開始となりました。少し慌ただしいかと思いますがよろしくお願い致します。
東京の塚田さんが新潟支部のキルトを作って下さるとのこと。誕生日に合わせた図柄があるとかで誕生日尋ね等しております。一部FAXしました。


2003年02月04日(火) 長電話

午前、自宅で川上さんと長電話。本部次期役員会の事、年の事。山ちゃんお休みにしてもらう。
熊倉さんより朱鷺メッセ見学14日不可との連絡あり再調整。
ヘルパー吸引検討会レポートをホームページに記載。
午後、山田さんへボランティア。


2003年02月03日(月) 厚労省吸引問題分科会


 「看護師等によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」第一回が開かれるというので急遽傍聴に行く。会計佐藤さん織田さん急に変更で済みません。
レポートはホームページに書いたとおりです。協会からは伊藤道哉宮城県事務局長が医療管理学者としてメンバーに参入しています。傍聴席には
ALS協会からは橋本みさお・塚田宏さん他、松本会長夫人、熊本事務局長、金沢・吉本・川上・長岡・海野・東京若林の諸氏が参加。終了後ロビーでミーティング。看護研究者の水野さん他も交え次回の対策を討議。次回は海野・長岡・橋本各紙で30分患者の立場を話すこととなった。私は横山さん夫妻に出てもらってもいいのではと思いました。地方と都会と違うから。
 個人的には読売の五阿弥さん、日本医師会の星さんと名刺交換。看護協会が出している資料例はごく一部の特例的に恵まれている人で地方は違うと訴えました。もっとALS協会役員が検討会メンバーに働きかけても良いと思いました。
 終電で帰宅、ホームページにレポートを作成しました。


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