夢見る汗牛充棟
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2000年04月07日(金) 伸縮

木々の声を聴いて一日長く生きる
堤を歩き散る花や新緑を目にし三日長く生きる
世の中はけっこう美しいと思える夕方には
春の風はけっこう心地が良い
けれど夕べにはスナック菓子をむさぼり喰らい
十日短く生きようと思う
夜更け酒精を流し込み一月人生を縮めて悦に入るのだ
だってどうして明日目覚めなければいけない

読みたい本がいつまで生きる理由になる
ピアノは相変わらずうまく弾けない
死ぬまでに弾きたい曲があるのに
指はちっとも動かない――酒を飲んだら尚更に
どこまでもわたしの魂は見苦しい

木や草は美しいと思う
草むらで向こうを見ていた弓なりの猫の背筋も美しかった

本を読める幸せのために生きている夜と
生きているから生きてるだけの昼と
苦痛がいやだから生きているあわい
我慢比べだと思う今日とあるがままにいようと思った昨日の
何が違っているのだろう

曖昧な明日がこわい
言葉を喰って生きられたらと思う
孤独がこわいけれど人間はもっと恐ろしい

古い地層に眠った石ほど強くなれたらいいのに

(20070426)


2000年04月06日(木) 夜のだだもれ

愛する土もなく
愛する風もなく
愛する水もない
寂しげな荒野に住んでいる

なつかしい匂いなく
なつかしい色なく
なつかしい音のなく
寒々しい世界のさらに果て

◇◇

それでも立たねばならないのか と

言えないかわりに呪詛描く
生まれた形がにくいと思う
なぜひとでなければいけない

生き難いけれど逝き難い
もはや何処へも行き難い
たくさんの荷物が重たいばかり
ほかの死の上 ほかの灰の上
愛だけがいつも留守をする

◇◇

お気に入りの歌を聞く
こんな歌にひたされて 眠りたいと思う
こんな夜のまま 目覚めなければいいと思う
孤独の海に深く沈んで
寂しがりながらとけたらいいと願う

また目覚めたと思う明日の手前にて


               (20061215)





2000年04月05日(水) 愛情

愛情は鬼の貌をしている
愛は喰らうための牙
愛は吸い尽くし骨をしゃぶる
愛情は対象を虚ろにする
愛情はそうして羽をむしる
器の中身を飲み尽し
好みの酒で満たすこと
自分で注いだ飲み物を
心地よく飲み干したら
今度は器を投げ棄てる
壊れた器を見てさめざめと泣く
愛とはかくもないがしろにする


2000年04月04日(火) 白い鳥

夢を見た
どうして飛ぶ鳥を捕えたいのか
翼あるものを手の中に置きたいのか
白いきれいな鳥だった
部屋にしまって鍵をかけ
窓という窓を閉ざした
わたしは知っている
鳥はほんとうはここに居たくはないのだ
たまさか気まぐれに部屋に飛び込んだのだとしても
閉ざした部屋のよどんだ空気を吸いながら
悲しそうな鳥をいとしんだ
水を運ぶ 白い羽を白くたもとう
鳥は水浴みを愛するだろうか
そして飲み水とうつくしい果実
わたしは鳥をどこへもやらない
どうして窓を開けてやれないのかと考えた
水を浴びながら鳥は灰色になってとけてゆく
これはきっともう鳥ではなかった


2000年04月03日(月) 常備薬

ざらざらとした錠剤の代わりに【あ】と【い】と【う】
めくるめく薬を身体に流し入れて
あふれんばかりになりぼんやりとたれている
手当たり次第音を立てて貪ったので
たらふくして酩酊して夢だか現だか
ざらざらとした錠剤の代わりに【え】と【お】と【か】
無数のふわふわした毒にひたされて
とめどなく眠りの世界と仲良しする
どこまで? もぐって 沈んで 目を開いたまま
何も見ないすべが ほうら ここにあるよ
ほら今は遥か高みを飛んでいるんだって
ここは無限の宇宙だし 神々の世界だし
雲間からあふれんばかりの光がさすのだし
照らされて そら うっとりする楽の音
永遠がここにあるよって 毒と毒と毒で
いつもでも たゆたって 揺られて 耳が拾う音は
すべて雑音でしょ ほうら 聞かなくていいから

ざらざらした錠剤の代わりに【本】と【本】と本当?
もう何に触れているのかわからないほどの眠りの中


(20060817)


2000年04月02日(日) くらうもの

歯軋りをして 肉くらう
泣きはせぬ 絶望も知らぬ
ただ両の拳でお前を殴る
お前は空 お前は風
欲しい欲しい無情の美しいお前
疲れて疲れてお前を殴る
泣く子を羨ましがるように
歯軋りをして肉くらう
お前を殴り お前を蹴り
重たい肉に突き立てる歯
くらってくらって立ち上がる
またしてもどうしても
鉄錆じみた重たい肉を
ひきずりてひきずりて
両の拳でお前を殴る

わたしは今日も強いのだと云う


(20060817)


2000年04月01日(土) 美しいもの

「美しいもの」


草はきれいだ
花はきれいだ
鳥はきれいだ
虫はきれいだ

いつ生まれたのか知らない
いつ死ぬのかも知らない
彼らには名前がなくて
生と死を巡りながら
常にそこに在るから

俺を見ろ
俺を忘れるなと
決して言わない

あれが死んだと
彼らは泣かない
淡々と明日死ぬための
潔い命
彼らの死を誰も知らず
そこに生えた一輪の花も
しばらく後には同じでない

勝手な人々に
「きれいな花ね」
といわれ
「じゃまっけな草」
といわれ
「うわぁ、羽虫だらけ!」
といわれ

それらにまるで頓着せず
天と地の理すら気にかけず
無心に生きるから

その命の有様を
羨望と共に
なんと美しいものと 私は思う


恵 |MAIL