ある漫画家の池袋線日記...ばて

 

 

映画めも - 2009年05月27日(水)

『ペレ』

貧乏になると、人間何もかも失っていくよ、というカンヌ映画祭パルムドール受賞作。

貧乏で母親も死にその母親をどこかの広場の隅っこに埋葬した親子。
仕事を求めて住んでいたスエーデンからデンマークに渡って来るが、そこでも貧乏な上に、外国人差別に遭い、苦労を重ね、夢も持ち物も、とにかくいろんなものがどんどん失われていく。
そして、何も得るものも無く、父と子も別れていくことになる。

あーーー。
なんてツライ映画だろう。


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映画めも - 2009年05月21日(木)

『リトルチルドレン』

面白いテーマの話なんだけれど、演出が平凡で、話がゆったりしすぎていて刺激が無い。

平凡でストレスのある日常というのは、この時代に良く語られているけれど、こんな日常から抜け出すために浮気する二人の体がつながることで、救われたと感じるように演出してあるところは面白かった。

しかし最終的に、二人が自分たちの家庭に戻り、日常から結果的に抜け出さなかったところがこのテーマを描ききれなかった感を出してしまっている。

抜け出していくところを描けば、このテーマも面白くなったのにと思う。



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映画めも - 2009年05月18日(月)

『東京タワー』
この物語は、連続ドラマ(速水もこみち−主人公、倍賞美津子−おかん、香椎由宇−主人公の彼女)、二時間ドラマ(大泉洋、田中裕子、広末涼子)、映画(オダギリジョー、希木々りん、内田也々子−おかんの若い頃、松たか子)と三つのバージョンがあって全部見させてもらった。

別にそんなに面白い物語だとは思わなかったが、それぞれすごく入り込んで観てしまったのは、子供と母の関係を描いた泣けるドラマが他に無いというのが原因だろうか。

中でも良かったのは、二時間ドラマの田中裕子の綺麗なおかあさんっぷりと、映画の内田也々子の存在感。

どちらも、涙が出るほどいい感じ。

こんないい女がこの世の中にいるんだなと思ってしまうほど、とか言うと入り込みすぎとか言われてしまうんだろうか。



『普通じゃない』

社長の娘を誘拐をしたが、主人公と誘拐した彼女が共謀して身代金を要求する。
いろいろな困難が生じるが、それを二人で乗り越えていくうちに、二人の間に愛が生まれ始めるという物語のアイデアは面白いと思う。

しかし、物語り全体も、一つ一つのシーンも、しっかり考えて作られていない。

ただ『スラムドッグ$ミリオネア』を撮った監督のデビュー作というだけで終わっているような気がする。




『エンド・オブ・バイオレンス』
話がよくわからないまま観てしまった。
ストーリーよりテーマが先行しているので、物語を追いきれなかったんだと思う。
ビム・ベンダースの作る物語は、他の人とは作り方の根本が違うので、観方を間違えてしまうことがあるんだと思う。


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映画めも - 2009年05月11日(月)

『ボーンアイデンティティー』

かなり面白いんだけれど、何か物語の中心部が空洞になってしまっているように感じるのは僕だけなんだろうか?

たぶん、主人公の本当の心のうちを描けていないような気がする。

記憶をなくした人間が記憶を取り戻そうとする。

記憶を少しずつ取り戻し過去の自分がよみがえってくるが、それでも、もともとの自分というものを見せてくれていないと思ってしまうのは、僕だけだろうか?



『ガンジー』

実際にこんな人がいたんだろうかと疑いたくなるほどの人間が描かれている。

ガンジーという人は、元はただの弁護士でそれ以上の地位になったことは無く、偉大なる魂=マハトマと呼ばれるようになってからも、首相や大統領になったわけではなく、ただの弁護士で、ただの運動家だったというところがびっくりである。

インドをイギリスから独立させる運動をして、イギリスまでインドの代表として行き、エリザベス女王と会談し調書にサインをするが、首相は別の人(ネール)で、そのネールはガンジーの側近だったりするところも驚きである。

何かこれだけで、この人物の偉大さが、いやおうなしに伝わってきてしまう。



『博士の愛した数式』

面白いと聞いていたので期待して観てしまった。
面白いんだけれど、テーマがかなりささやかなものなので、観ていてつらくなってしまった。
記憶が80分しか続かない数学者にも、人に何か伝えることが出来るというテーマの、ささやかな物語。





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グラン・トリノを観にいく。 - 2009年05月10日(日)


久しぶりに映画館に行った。

やはりあの大きな画面は、それだけで説得力がある。

もう映画が始まるだけで涙腺が潤んできた。

あんなに好きなイーストウッドの映画を映画館で観たのも初めてで、本人が映画の画面いっぱいに出てきて、孫の悪口を言っているところを観るだけで愉快でしょうがなかった。

イーストウッドの映画はそのほとんどが低予算映画だけれど、この映画もそうだった。
低予算で、これだけのものが作れるという力量はすごいものだと思った。

でもお金がないから低予算映画を作っているのではなくて、お金をかける必要が無いから低予算だというところも、映画制作上での力量のひとつだと思う。

偏屈ジジイを演じるイーストウッドのキャラクター作り。
ここに、この人の名作を作る秘訣があるんだと思う。
この偏屈ジジイがどのような人に出会って、どのように変化していくか。
この部分をしっかり見ておいてほしい。

ここ15年間の、この部分の作り方のうまさが、イーストウッドの映画を失敗作なしの鉄板にしているんだと思う。

この映画の面白さは、最後の大団円ではなくて、始まってから30分のキャラクター表現の部分にあると思う。




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映画めも - 2009年05月07日(木)

『ダニー・ザ・ドッグ』

何本かリック・ベッソンの映画を観ていて気がついたことがある。

この映画は、監督はしていないがシナリオと製作をしていて、出来上がりはまるでリック・ベッソン本人が監督をしたような出来上がりになっている。

解説をしてしまうと、何だそんな当たり前のことかと思うかもしれないが、物語作りに基本は、主人公の心を開放すること、心の中の苦しがっている部分をすくい上げる事。
主人公だけでなく脇役の人間も全て心のウチの何かを救済をすることが物語の基本になっている。
キャラクターの設定が奇抜で孤独な感じなので、だんだんその救済の効果が大きくなってくる。
救済の仕方は登場人物によって異なるが、基本的に自分自身で克服しようとするが、簡単に克服できず、苦しみもがいている人物たちを他人が手助けをして救済するという形を取っている。
手助けしてもらうことの気持ちよさ、人肌の温かさを、見ている人はもろに感じて飲み込まれてしまうところに、このリック・ベッソンの作る物語の美味しさがある。




『目撃』

一人の頭のいい泥棒(イーストウッド)が忍び込んだお金持ちの家で、金品の物色中に大統領(ジーン・ハックマン)が、そのお金持ちの妻を殺害するところを目撃してしまうところから物語は始まる。

殺人の容疑をかけられた泥棒は、本当の殺人者が誰かということを伝えるために、娘のところに向かう。

娘のところには、自首を勧める刑事(エド・ハリス)がいて、待ち構えている。

という軸になるストーリーと、もうひとつその裏に、娘と父親の関係の修復というヒューマンな物語がある。

その裏側の物語の部分がとても面白い。

行方をくらまして、めったに現れることがないと思っていた父親が、現れて欲しいと思っていたらもう部屋の中にいて待っていたり。

行方はくらまして目の前にはいないが、いつもそばにいてくれているような気がしていた娘が、父親が住んでいた家に刑事とともに入ってみたらそこには、自分の写真が沢山あって、大事な時にはいつもそばにいてくれていたんだといことがわかったりと、父親の愛情の表現がとても面白く描けている。



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映画めも - 2009年05月05日(火)

『砂と霧の家』
税務署のミスにより、税金の滞納で、家が差し押さえにあってしまうジェニファー・コネリーと、イラン革命により亡命してきたベン・キングスレー一家の話。

差し押さえをされて売り出されてしまった家をキングスレーは買ってしまうところから悲劇が始まる。

亡命してきた元金持ちの少佐キングスレーは、何とか元の様なお金のある時間を取り戻すために、日雇いのアルバイトをしながら屈辱的な生活を耐え忍んでいる。

そこに、差し押さえ物件は時下の3分の一で売り出しているということを知って、やっとの思いで、差し押さえ物件を手に入れる。

ここにしばらく住んで売り出せば、これは差し押さえ物件ではなくて、一般的な物件として3倍の値段で売ることが出来るのだ。

しかし、これはミスによる出来事が発端になっている。
ということでここから悲劇が始まる。

最後は人間が死んで終わりになるので、夢も希望も無い話になってしまっていて、観た後とてもつらい気持ちになる。
何とか少しでも光を描くことは出来なかったのだろうかと思えてしまう。


『プロフェッショナル』
ジーンハックマンという俳優はどんなへぼ作品でも名作と言えるほどの水準まで上げてくれるようなところがある。
やっぱりどんなシナリオでも、出てくる人間次第で、キャラクターが浮かび上がってきてくれたり、何も感じないものになってしまったりするんだな・・・
監督よりもシナリオライターよりも、俳優で観る映画を決めると結構はずれがないのはその辺のことが理由なのかもしれない。

本当に俳優の力には頭が下がります。
・・・で作品のできはといえば、かなり面白いんだけれど、見せ場ばかりの連続で作品が少し軽くなってしまった感がある。
もう少し生活感とかを間に挟んで入れてくれれば、すごいこってりした名作になったのに。


『チェーンリアクション』
キアヌ・リーブスとかモーガン・フリーマンとか名優が出ているにもかかわらず、退屈な作品でした。
悪者との追いかけっこというよくある形のドラマでした。


『ブロンコ・ビリー』
イーストウッドの初期の作品で、本人はこの作品が転機になって、その後の自分の作品のタッチが出来上がっていったといっている。

でも、見る人にはそんなにわからないんだろうな、形になって現れてきたなと見る人が思えるようになるまでは、もう何本か後になることが多い。

でも、イーストウッドの映画の真骨頂はコメディーやブラックユーモアにあるということがわかっているので、この映画のどの部分が、この後のイーストウッドの映画を作って行ったのだろうということは良くわかった。


『マルコビッチの穴』
まれに見る傑作だと思った。
ああいうものを作るとたいていは、説得力の無いファンタジーになったり、構成が下手で何を描いているのさわからないものになってしまったりするけど、まったくそんなことはなかった。

ファンタジーなのに、ラストシーンに漂うあの物悲しさと面白さはいったいどういうことなんだろう。

自分も、もっともっと力をつけなくてはいけないと反省してしまうような、斬新で力のある作品だった。


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映画めも - 2009年05月02日(土)

『オドレイ・トトゥ ハッピーエンド』
主人公が大抜擢されて成功すると言うような、シンデレラストーリー。
かなりな駄作だったにもかかわらず、わかりやすくてそこそこ面白いと思ってしまうのは、僕が物語を作る人間として、たいしたことが無いのではないかと少し不安になってしまった。
それというのも、この前テレビを見ていて島田紳助が言っていた。
「業界に入ってきて、あれ、この世界あんまり大したこと無いな。俺の方がよっぽど面白いやんけ!と思うやつは力を伸ばしてくる」
という言葉が気にかかっているからだろうか?



『4分間のピアニスト』
非常に高い水準の作品。
とにかく人間をしっかり描いてあるが、それぞれの人間の本当の目的が少し見えにくいと感じてしまうのは、僕自身ドイツ人の感覚がいまいちわかっていないからなのだろうか?
それともラストが、きりのいいところでスパッと切れているからなのだろうか?

ピアノの先生が、同性愛者であるということのエピソードが少し出てくるんだけれど、その感覚がわからないからなのだろうか?

どういう理由にせよ、観るに値する作品だと思う。


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映画めも - 2009年05月01日(金)

『大阪物語』

市川準監督は、この人だけの映画の作り方の作法があるようで、他の人が作った作品とはまったく異質な感じがする。

どの監督も個性的でなければ、面白い作品は作れないと言うのはあるけれど、とにかく派手なものを作らなくても面白い物が作れるというところが決定的に違うところだと思う。人間を描かなければ面白い物語はなかなか作れないものだとは思うが、なんて人間を描くことがいつもうまいんだろうと思ってしまう。

この作品は少し散漫になってしまっているけれど、一つ一つのどんな細かいところも見逃してしまうのがもったいないほど市川準らしさが詰まっている作品だと思う。

田中裕子と沢田研二が夫婦役で出ているのがとっても良かった。


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