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海老日記
管理人(紅鴉)
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2005年01月31日(月)
テスト期間につき


 しばらく日記は凍結するかもしれません。



2005年01月30日(日)
僕達は、君と出会う


 友人のゆうさんとスーパーマーケットに行く。スライスされていない、ブロックベーコンが売られているのを見たためだ。その話をするとぜひ食べてみたいというゆうさんを連れて私は自転車にのった。
 適当にぶらつき、野菜が高いとか、やきうどんは作れそうとか、豆腐が安いとか、もやしは見る気もしないとか、今夜はカレーだねとか、取りとめの無い台詞を交わらせる私とゆうさん。それはなんでもない、ただの買い物だった。

 それを見つけるまで。

 何かが通路に倒れている。
 どうやら子供が引っ掛けたか何かして落ちた商品の一つに過ぎなかった。ビニールのパックに包まれた、店員が見つけたら拾ってもとの棚に戻す。それだけの、見て通り過ぎたらいいものを、
「あ」
 私は声を出して反応してしまった。
 ゆうさんが私の視線を追う。
 そして、彼もまた気付く。
「落ちてるね」
 私の意を汲んだゆうさんは、それを拾ってしまった。
 ただ、棚に戻すだけ。けれど、それが問題だった。
「これ、どこの棚?」
 ゆうさんが聞く。
「ここに落ちているってことは、この左右の棚のどこかじゃありませんか?」
 そういって私も左右を見るが……、果たしてどこかわからない。
「ゆうさん、それ何て名前の商品ですか?」
「『ごまだれ』」
 いや、だからごまだれ味の何ですか?
 覗き込むと、それはソースらしい。
 私は自分の左側にあるソース売り場を探す。



 ……ない。


 何故? ソースはソース売り場に置いてあるものではないのか?
 ゆうさんは試しに一つ向こう側の棚を探す。
 もちろん、ごまだれなんてない。
「もしかして、やばいもん拾ったかな」
 ゆうさんが笑う。
 私も笑うしかない。
 

 その後、ごまだれはソース売り場の一番上の棚、私の真後ろに於いてあることに気付くのだが……



 つまり、今回はオチがない。



2005年01月29日(土)
放射線取扱い免許持ちの錬金術師


 卑金属を貴金属に変えることなんて出来きるのだろうか?

 中学高校で質量保存の法則とエネルギー保存の法則をやった私はそれがかなり無理っぽいということを理解していた。けれど、やはり世界は広いらしく、大学で憶えたことから、錬金術は、可能といえば可能なことを知る。

 
 ここから先は授業のうろ覚えなので、疑って読んで欲しい。
 今現在存在する原子というのは、宇宙が誕生した段階で作られたものらしく、その中身は原子核と中性子の数の組み合わせで様々な種類になるとのこと。地球上にはせいぜい百個前後。例えば陽子数8中性子数8なら酸素原子になったり。

 ちなみに金は原子量196.97  陽子数79

 
 じゃあ、原子にエネルギー加えて陽子やら中性子の数を変えれば、金をつくれるのでは?




 しかし、そのエネルギーというのがくせもの。
 太陽には水素とヘリウムがある。原子でも一番小さいものツートップ。というか太陽の熱をもってしてもそれくらいの原子しか作れないとのこと。
 
 宇宙恐竜ゼットン呼んでも間に合わない。


 もし賢者の石なんてものが存在したら大質量の中性子の塊に違いない。
 水銀辺りにぶち込んでおけば……、あれ? 金できるかも

 でもその場合、実際に金を買ったほうが安くつくというオチ



2005年01月28日(金)
偶発プラグマティズム


 昔、他人に言われてなんだかえぐられた言葉ベスト3


1、優しい人は優しいって認めたくないから

2、お前は可愛いなあ

3、三匹の子豚だったら紙の家作るくらい横着者



   言葉は兇器



2005年01月27日(木)
今日は単なるぼやき


 日記に書くネタがそろそろありません。
 何を書こうか悩むところです。
 
 でもまだ一ヶ月も経っていないのにそれはないと先生思ったり思わなかったりなので、これからの物部日記の方向性を模索してみようかと思います。


 方向性その一
 連続小説を書いてみる。
 これだと毎日の文章のねたを考えなくてもかまわなくなりますが、余計に難しくなるのでどうでしょう。

 方向性その二
 ねたに走らず毎日の生活を赤裸々に綴ってみる。
 無理です。


 方向性その三
 ピンチヒッター
 そんなの随時募集中すぎます。

 方向性その四
 消息を絶つ。
 できればこれはもっと最後の方で。

 方向性その五
 現実は非情である。
 ……。

 というわけで二月は日刊連載小説でも書いてみたいという希望を持っています。半分冗談です。つまり、半分本気かも……。






2005年01月26日(水)
詩人を気取りたい日もあって


 知らないうちに変わってしまうもの……季節。
 知らないうちに変わってしまうもの……子供の頃の時間の流れ。
 知らないうちに変わってしまうもの……雨の空。
 知らないうちに変わってしまうもの……冷蔵庫の中に貯めたままの野菜。
 知らないうちに変わってしまうもの……人の心。



 どうしても変わらないもの……他人に言われる己の短所。
 どうしても変わらないもの……生活習慣。
 どうしても変わらないもの……落日。
 どうしても変わらないもの……思い出。
 どうしても変わらないもの……第一印象。


 知らないうちに忘れてしまうもの……先月のヒットチャート。
 知らないうちに忘れてしまうもの……電気代の明細書の置き場所。
 知らないうちに忘れてしまうもの……待ち合わせの時間。
 知らないうちに忘れてしまうもの……微分積分
 知らないうちに忘れてしまうもの……あんなに心に残っていた何か


 忘れたくないもの……見たいテレビ番組の時間帯
 忘れたくないもの……日記更新
 忘れたくないもの……感謝の気持ち
 忘れたくないもの……左右、後方、巻き込み確認
 忘れたくないもの……停駐車禁止と通行止めの標識の違い。



 仮免試験に合格した。



2005年01月24日(月)
一月二十二日のこと・二

 私はお酒が好きじゃない。
 飲めないということも無い。強くも無い。早い話がたしなむ程度。


 土曜日はある付き合いの飲み会に出席していた。そんなに激しく飲む人たちでもないと思い簡単に考えて参加したのだが、甘かった。今日は今度ある交流飲み会の予行演習だったらしく、『飲まされる練習』を兼ねていたことを、店に入って参加費を払ったところで知った。多分こういうのを嵌められたというのだと思う。
 まあ、それはおいておいて、それでも私は最初の一時間をウーロン茶一杯ですごすことに成功した。盛り上がっているところでは司会の視界に入らなければやりすごせるものだ。しかしそこは一回生。コールをかけたり(マイクよりも大きい声だったそうだ)カラオケを歌ったり(コールのかけ過ぎで歌う前から声が枯れていた)色々やった。

 で、いよいよ自分が飲む側に立つことになった。ああ、私はただ隅っこで焼きそばとポテトチップスとりんごをおいしく頂いている一市民なのに……。
 
 仕方がないので、一升瓶を半分ほど飲んで見せた。

 結構盛り上がる。
 その後は、ポテトチップスを一人黙々と食べていた。


 盛り上がりが一段落したころだろうか。ポテチもなくなったので次にどうしようか考えていると、ふと、

 何故か気配を感じた。

 店の外からだった。
 何の気なしに出てみると、同級生のHくんがリバース中だった。先輩が介抱していた。
 トラブルの『気配』を感じる才能でもあるのだろうか?
 とりあえず、手伝う。
 背中をさすったり道路を水で流したり、地面に座り込むHくんに上着を貸したり。先輩が手配してくれた迎えの方がいらっしゃるまでつきっきりでいた。
 どうせ暇だし、店内の方が危険な『気配』がしたので、そこにいた。

 店の中から、一回生の盛り上げ隊長、Nくんがやってきた。Hくんが心配になってきてくれたらしい。自分もたくさん飲んで、盛り上げるために大声出して、本当に頑張ってるなあ関心関心。
 NくんはHくんに「大丈夫か」と声をかけた後私にも聞いてきた。やはり、私の一気飲みを見ていた人はみんな心配していたらしい。

 ここだけの話、実はそのコールがかかった一回きりしか飲んでないから、飲んでる量としてはおそらく最下位グループにいるのだ。ただ、インパクトを持たせるためにギリギリ無茶をしてみた。
 とはいっても演出のためにしか飲まないのも、無粋かな。

「あんなの飲んだうちに入りませんよ」
 と実は強い振りをしてみたり。
「あー、でも自分が思っているほど、冷静じゃないから気をつけてよ」
 といわれてしまった。
 昔なら、「言われなくてもわかってます」というところだが、今はそれほど自分を過信できないことがわかったので、
「はい」
 と笑顔で返すことにしている。
 その内迎えが来た。

 喉が渇いたし、いよいよ外が寒くなってきたので店内にポテチが補充されていることを期待しながら店に戻る。

 Nくんが、ぐったりしていた。


 ……、頑張りすぎは、体に良くないよね。









 飲み会が終わり、学校の近くのお店だったので、とりあえず場所を移動することにした。先輩達がもしものときのためにと準備していた野戦病院(寝床)に一人で歩けない方数人を連れて行って、一回生は解散となる。
 何故か、帰るタイミングを逃し、Nくんの介抱にあたっていた。

 日付変更線が近付く時間、先輩にもう帰っていいよと言われ、帰ることにする。途中でコンビニにより、やきそばパンを買って、途中で食べる。
 夜空を見ると、なんだか変な『気配』がした。明日は雨が降るかも、なんて思ったり思わなかったりしていたら、一月二十三日になっていた。今日がずいぶんと長かったように思う。そしてふと、

 なんだか充実した一日だったような気がしたりしなかったり。



2005年01月23日(日)
一月二十二日のこと

 自動車学校に通っている。
 農学部の学生は二回生からキャンパスが移るのでそれなりの移動手段が必要になる。そこで私は自動車の免許をとることにしたのだが、これがまたしんどい。なんで自動車に乗らなくちゃいけないんだろう。そう思いながら日々エンストを起こしている。
 まだまだ趣味はドライブなんて高みには辿り着けそうも無い。
 そんな私が現在進んでいるのは仮免試験。同伴者がいれば路上を運転していいという資格で、明日、一月二十四日にある。しかしそのテストを受けるのには昨日の模擬試験で合格点を取らねばならなかった。ボーダーラインが九十点のテスト。人生で最も高いハードル。
 とりあえず、九十点調度をとって合格した。バンザーイ。



 試験が終わりカバンの中に入れていた携帯電話を確かめるとメールが来ていた。
 相手は学生自治会でお世話になっている人。

 呼び出しだった。


『四十分に来てね』


 何時の?




 その日は昼から朝倉を歩いて回った。来年度新入生に配るパンフレットのタウンマップが実際の縮尺と合っているかどうかを見るため実際に歩いて回った。私が住んでいる地区の道の確認だったので地図を見なくても進めるが、そこはやはり新入生の気持ちになって歩くことにする。


迷子になった。


 クルマノトオレルミチトクルマノトオレナイミチノチズジョウノハバガイッショッテドウイウコトデゴザイマスカ?



 結構、歩いたかもしれない。
 しかし一月二十二日はまだ終わっていない。


 これから一番大変な、『飲み会』が始まるのだ。



2005年01月22日(土)
駿馬。その名は……


 足の速い馬のことを『池月』と呼ぶらしい。しかし切れ味のよい刃物を秋水と呼ぶくらいにマイナーな呼称だと思う。

 去年大学の講義で聞いた話だが、昔のそういう時代に求められた馬は気性が激しいところがあるという。威勢のいい馬はなかなか馴れてくれず、噛んでくるのだ。
 それゆえ、
『よく噛み付く』→『生き物が好き』→『生け好き』→『池月』

 と変わったそうだ。なんとも、面白い話。



 こういう説話や由来を聞いてしまうと、その言葉に愛着を持ってしまう。他人にはどうしてこんなものがいいの? と思われる時というのは、それに愛着を持ってしまった時なのだと思ったり思わなかったり。







 今回の結論としては、今更考えてみると、セーラームーンってすごいネーミングだな、ということ。



2005年01月21日(金)
世の中は広い。


 びっくりした。まさか現実にあんなキャラクターの人がいるとは思わなかった。
 独特なファッションというのか、存在感のある人だった。

 赤いスカートにフリルのついた黒い上着。腰まで伸びたツインテール。歩くときに上半身が全く動かず日傘に隠れて顔が見えない。エレガント。
 とあるときはベランダに立ち、一人日陰でタバコを吸っていたりするのも目撃したり。惹かれてしまう。
 少し前商店街で化粧をして白黒の衣服を纏ったゴシックロリータの集団を遭遇したことがあったけれど、それよりももっと強烈な光景だった。
 化粧とか、ファッションじゃなくて、普段着であれを着ているような人の気がした。多分、思い違い。

 世の中は広い。



2005年01月19日(水)
謙遜、それさえも虚栄心。

 心理テスト。

 あなたは今、手元にとても美しい輝きを放つダイヤモンドを持っています。もし、それに名前をつけるとしたら何にしますか?


 

 これよりわかること  

 そのダイヤモンドの名前は、あなたが最も着飾ったときに、他人にどう呼ばれたいかという名前です。



 私の場合は、『香車』
 香る車と書いて『カシャ』と読む。私の地元では将棋の駒の香車とカシャと呼んでいた。まあ、それは置いておいて。




 ここで問題なのは、なんでダイヤに将棋の駒なのかではなく、本当に私がつけたかった名前は別にあったことだ。なんとなくつけたい名前はあった。けれど、それを他人に言うのが恥ずかしくて、とりあえずわけのわからない単語を言うことでごまかした。本当はもっと自分が素敵だと思う名前をつけたかった。けれど、それを他人に言ったとき、どんな反応をされるのか怖くて、嘘をついた。
 自分の本音を言うくらいなら、おかしいことを言って失笑をかうほうがマシ。それはやっぱり私だけ?

 でも、正装した私を見ても、みんなは物部と呼んであげてください。



2005年01月18日(火)
痛みを感じた者しか痛みを識ることはできない


 風邪で動けない、という状況がある。
 普段元気なときは逆境でも根性で乗り切ろうという気迫に満ちている。
 けれど、実際に体温が三十八度を超えてしまえば、意思は一気に希薄になる。
 根性とか忍耐力というのは、体調のよいう時に備わっているものなのですね、先生。



 閑話休題



 誰でもそうだけれども、人間は体験したものしか理解というのはできないところがあると思う。
 熱を出さなければ高熱の苦しみはわからないし、血を流さなければ出血の痛みもわからない。聞いてみないことにはベートーベンの素晴らしさもわからないし、恋してみなければ異性のことなんてどうとも言えない。納豆だって、食べてみないと味なんてわからない。食べた後で「やっぱりまずいじゃねえかこの野郎」と言われても私の責任はないけど……。
 体験を経て、人はいろんなことを知る。自分の考えを世間に修正される度、それを心底思い知らされてきた。人の脳は思った以上に白紙で、書き込まれていないことが多すぎる。
 言葉では説明しにくい感覚……。



 今日の結論として今まで怪しくて頼まなかった食堂の「まぐろの竜田揚げ」が予想以上においしかったと、まあそれだけ。



2005年01月17日(月)
名を名乗れ

 日本人の名前は文字の組み合わせで色々作れる。よその国では辞書に載っているような単語を使うのに、漢字にはそういう制限が少ないように感じる。
 中にはシンプルな名前の持ち主もいる。『縁』とか『優』とか『猛』とか。
 でも中には)亜浪(あらん) 才(あるす)
 粋女(いおな)伊鈴々(いすず)湖(いずみ)一冴(イッキ)
 逸沙(いっさ)歴亜(いであ・男)愛也(いとや)夢彩(いぶき)
 宇砂子(うさこ)詩音(うたね)羽舞(うぶ)麗(うるは)
 潤(うるる。♂。)依伊深(えいみ) 桜人(おうと。♂。しかも夏生まれ。)長夢(おさむ)乙葉(おとは)温冬(おんぷ)
 夏空(かーく)凱(がい)海闘(かいと)和祈(かずき)花笛(カフェ)
 嬉々(きき)季姫(きき)姫竹(きさら)季成(きなり)騎星星(きらら)
 希鈴(きりん)銀華(ぎんか)空神(くうが)玖羅々(くらら)
 家締(けじめ)懸音(けいん)

 など結構一回では読めない名前の人もいる。私の名前もなかなかすっと読んでもらえない。少し頭を捻った後に、苗字で呼ばれたりもする。女と間違えられて……。

 でもそれなりに意味のある文字である。一文字は父の名から、もう一文字は母の名からもらっているという私の名前。多分、私の子供が出来たときも、そうやって名づけると思う。まあ、結婚したらの話。

 今回の結論としては好きな女優は野際陽子。
 どこがと聞かれたら、名前がなんとなく好みだから、という話。



2005年01月16日(日)
センター試験

 今日と昨日はセンター試験が大学であった。
 普通の学生皆々様は休校になるのだが、新入生歓迎運動実行委員会ヒラ役員の私は受験生に教室を案内する仕事をしていた。
 人と話すのが苦手な私には、見知らぬ高校生に自分から声をかけるなんてことが本当に出来るのか不安だったが、なんとなくできた。緊張はあったけれど、不安はなかった。それはひとえに新実(上記の委員会はこう略される)の腕章を腕に巻き、自分に与えられた地区があったからだ。
 
 人は何かに所属する、拠り所があるということで力を増す。それは自分の行動に責任を持ってくれる他人がいることで前に進むことだけを考えられるようになるから。そういう人間は、けっこう多い。
 例えば宗教や法律はそういうものではないだろうか。

 でもそんな私よりも、受験生を案内しながら馴れ馴れしいまでに笑顔で話しかける部長(私の直属上司)の方が、ずっと優秀だと思う。

 ニュースで聞いたのだけれど、今日の試験で高知大ではトラブルがあったらしい。だからどうこうというわけでもないのだけれど。



2005年01月13日(木)
ミズ・ブロッサム


 物に名前をつけるという習慣は古来よりあるもので、小さな子がぬいぐるみにミギーとか慎吾とかつけたり刀匠が鍛え上げた刀に名を与えたり軍が原子爆弾に愛称をつけたりとか飼っている犬に人間名をつけたり大鋏にマインドレンデルなんてつけたりするのは、もう人間の本能なのだなーとか考える。
 擬人法というものを、どうして人間はするのだろう。周りにも人はいっぱいいるのに、それでも友達は本だけ、とか恋人はノートパソコンみたいな人もいっぱいいる。かくいう私もそんな感じ。
 でもたまに考える。なんで、命のない物に命のある者の反応を求めるのだろう。
 ……嘘、今思いついて言ってみただけ。




 結論。
 それはやっぱ寂しいからではないだろうか。他の人間と生きていればストレスを感じるものだ。価値観の違い、経験の違い、思想の違いがぶつかって、精神的な疲労を感じるのは常で、おそらくダメージ0で済むのは一人きりの時間。そういう時人間は自分の価値観を百パーセント肯定してくれる何かが欲しくなるのだと思う。
 自分の価値観に沿って、決して自分の期待を裏切らない、自分だけのおもちゃ。
 『名付ける』って行為はそういうことなのかな、なんて思ったり思わなかったり。




 閑話休題



 さて、何が言いたいかと言えば、私もたまに物に名前をつけてみることがある。あまつさえ、物の三人称に「彼女」なんて使ってみる。
 
 彼女の名はミズ・ブロッサム。重量六キログラム。高さ一メートル(本来の姿にすれば十メートルは超える)
 付き合いは一年。
 私が所属する高知大学吹奏楽団の備品。金管楽器のチューバ。
 金管楽器の最も低音をパートとする無骨な金属。

 けれど、その体は曲線で造られ、温まらないといい音を出さず、一日触れなかっただけで調子が悪くなるという人間のような奴。

 昔、チューバの表面に映った桜の花弁を見たときから、自分の使うチューバにはそんな名前をつけている(嘘。昨日思いついた)



 何が言いたいかと言えば、名前付け遊びはおもしろいと、まあそれだけ。



2005年01月12日(水)
このままだと三十秒持ちませんっ!!

 朝起きると、とてもお腹が痛かった。

 痛かった。どれくらい痛いかと言うと、「トイレに行きたい」とか「我慢できない」とかじゃなく、本当に錐でお腹をキリキリやっちゃってるような痛みが襲ってきた。内蔵の位置なんてしらないけれど盲腸ピンポイントでやられているような感覚だった。痛くて動けないのだ。
 朝のまどろみも、寝ぼけ眼の今日の午前六時三十五分には存在していなかった。

 どれくらい悶えていただろうか、その内痛みが引いた。チャンスである。このままほっとして寝入ってしまえば第二波がくるのは目に見えている。とりあえずトイレに行く。



 まだ学校に行くのに時間が会ったので寝る。うん、眠い。
 このごろ気付いたのだが、高知の朝は寒い。毛布を出さないと震える。私は寝相が悪いのでよく毛布を蹴飛ばしているのだが(何故か掛け布団は着ていて、下の毛布だけが足元に転がっている)夜明け前寒くて目を覚ます経験をこっちで初めてした。
 何者だ高知。


 そんなことを全く考えず、起きたら今日の授業の準備をしようと考えていると、朝日が昇っていた。
 結局あれ以降眠れなかった。

 だって、布団に入ったと同時に、再び腹痛が襲っていたから。
 お腹が痛いという気持ちと、寒くて起き上がれないという気持ちが半々で、どっちつかずのまま三十分。布団の中で苦しんでいた。おかしい、確かにあの後正露丸を呑んだのに。正露丸が効かなくなっている?

 これから授業を受けるのに、この体でもつのだろうか?
 
 手を伸ばす。
 掴んだのは、褐色のビン。私は生まれて初めて、意識的にルールを破ることを自分に許可した。
 正露丸のビンには、こう書かれていた。
 『十五歳以上は三粒お飲みください』

 四粒いった。



2005年01月11日(火)
突発モラトリアム

 物部の将来決して言いたくない科白ベスト3

1位 勘弁してください
2位 しちゅーきに
3位 その時は花でも供えさせてもらいますから


 この内二つはもう発言済み……



2005年01月09日(日)
豚の背油って、知ってる?


 朝起きて、昨日の晩の肉鍋を洗うことにした。
 一晩放置された鍋は、何故か真っ白になっていた。
 あれ?
 おかしかった。なぜ金属光沢を失って、真っ白になっている鍋。それがどのような現象を示すのか私は一瞬考えた。

 カビ? 絵の具? 小人の仕業? 化学変化? 何かが卵を産んだ?

 けれど、昨日の晩に食べたもの、それから経過した時間を考えたとき、一つの言葉が頭の中をよぎった。


 豚の油


 ……。そう、洗うのを忘れていた鍋に、溶けていたラードが結晶化し、鍋の表面を埋め尽くしていたのだ。




 全身を駆け巡るおぞけ。
 頭のてっぺんから体の先端めがけて流れていく冷たい気配。
 

 そして、頭上で聞こえた誰かの言葉



 汝、豚を煮ることなかれ



 たわしを片手に物部は蛇口を捻った。



2005年01月08日(土)
豚ばら肉が鍋で踊る

 内なる誰かが囁いた。お前、続くのまま一ヶ月放置ってどういうことでございますか?


 というわけで豚を煮た。
 喰ったまずいっ!

 思わず句読点が抜け落ちるほどの味の悪さ。何が悪い、悪いのか? ただお湯の中に豚ばら肉を限りなく入れただけなのに。


 敗因を考えれば豚肉は熱を加えすぎると硬くなると言うことと、ポン酢を入れて煮込んでしまったことだと思われる。
 もうその二つの条件だけで奇蹟など起こらないことは明確だ。しかし一人きりの料理ではそんなことにも気付かない。なんとかなりそうな気がして、歯止めがかからなくなるのだ。やはり、議論というものは大事なものなのだと受け止めながらそれでごはんを二合食べた。もう、しんどくて洗い物を忘れて寝てしまった。

 六時間後の悪夢も知らず。

 

                        続く