お嬢の日記
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私が見つけたラッキー♪

2024年03月20日(水) 安楽死 

生きたくない人にとっては。
いくらか生きている事になんらかの価値を。
見い出し幸せだと思い込むことは出来ても。
現実は幸せに生きるのは難しい。

気安く安楽死などと口にするのもどうかと。
言うのもあるが…
この機会に考えてみてもいいと思った。
人間はいつかは死ぬ。
そして最後は事故にしろ災害にしろ病気にしろ。
大抵は苦しみを伴って死ぬ。
寿命があるし人にはそれぞれが背負った運命がある。
安楽死を遂げた日本人女性が言っていたが。
決して生きることから逃げたいから死ぬのではなく。
いい生き方をしたと思いたいから最後は。
自分で死期を決めたいと言っていた。
そして何度も自問自答して決断し実行したのだと思う。

私もその言葉の意味がよく理解出来る。
大抵の人は死にたいと思うことはあっても。
実際に行動するかと言った時はやっぱり。
躊躇してしまうと思う。
普通は生きることにまだ未練があるからだろう。
人は漠然と死にたいと思うことがあると思う。
私は自殺も安楽死も否定しない方だが。
よく自分の人生を考えて後悔しないなら。
死ぬ事は悪いことではないと思っている。
そもそも人は自らが望んで生まれてきたわけではない。
だから次世をこの世に残す義務もないと思っているし。
死ぬことも含めて自分の人生を決める権利があると思う。

安楽死によって。
死に纏わる不安、孤独、恐怖、それに伴う家族や。
さまざまな事由を想定することも出来るし。
解決出来ることも多い。
住処の処分や財産の整理、遺体処理の手続きと。
いったことを済ませれば家族も助かるし。
本人も安心してあの世にいける。
資産なども計画して使える。
安楽死が普及すれば年金問題も多少改善する所もあると思う。
だけど死ぬことを目標に生まれてきたわけではないし。
生物は寿命が来るまで全うするのが本来なのだろうが。
そもそも体外受精など生体を超えた域にある医療の進歩と共に。
死期も薬と言う医療でコントロールしてもいいと思う。

あくまで自分の人生を客観的に見て。
後悔しないと思えるなら安楽死はあっていいものだと思うし。
選択出来る世の中になってほしいと願う。
かく言う私は過去に仕事を二か月分先に見越して。
仕事をし、友人にも手紙を書いて旅立つ準備をした。

本気の自死を試みたのだが失敗に終わり。
こうして今も生きながらえているが。
生きてきてよかったとも正直思えない。
あの時踏みとどまってよかったと思えるなら。
それは幸せな人生なのだが。
24時間365日不調を抱えた人にはやっぱり人生は。
しんどいと思う。
そう言いながらも毎日毎日義務をこなしながら。
幸せのふりもいくらかしてこの先もきっと。
生きながらえていくのだ。


2024年03月18日(月) 安楽死 

今日は両親が週一、私の手抜き夕食を。
食べに来る日でバスから降りて。
見上げると両親がベランダに出て洗濯物を。
取り込んでいてくれた。
それだけでも身体がとても助かる…
最近はようやく私の障害のことを認めくれている。
しんどいのは皆同じと言っていた人達だったから。
夕食をとりながら一昨日の安楽死の番組見た?
恐る恐る聞いてみた。

母曰わく、あんな番組すぐチャンネル変えたわ。
外国に行って登録している施設でどうとか。
するやるやろ?とご機嫌ななめ気味に母は言う。
3回も死の淵に自ら立った身としては。
母が憤るのも無理はないかも…
なんとも親不孝なのはわかっている。
親としてはそりゃ子供な死ぬなど。
考えられないものなのも理解している。

先生に助からない可能性が高いと言われた時は。
どう思ったか昔聞いたことがあったのだが。
あんたが死ぬなんて考えられなかったと言っていた。
一度目は救急車で二度目は母が5階から。
私を担いで降りた。
どんなことがらあろうと死なせないのが。
親心なのかとも思った。
未遂の後はしっかり身体の傷として残ってしまったし。
肝臓がやられてなかなか退院出来なかった。

安楽死でも使われたバルビタールなどを。
ごちゃ混ぜに大量に酒で流し込んでも。
若くて体力もあり。
結局嘔吐してしまうから。
薬ではなかなか吸収しきれないらしい。
首を吊った時はカーテンレールが落ちて。
失神して痙攣して終わった。
その時、あー私は死ねないんだなって思って。
仕方なく生きる道を選んだ。
自死の経験をして思ったのは未遂に終わると。
やっぱり後遺症が怖い。
7日眠って助かっても脳がやられるかも…
とかいろいろ。
そう言う意味でも安楽死はやっぱり確実だし。
苦痛のない死に方としては理想的とも言える。
21から24才に渡る三度の自死の経験をして。
今に至るわけだけど、今でも死にたいと。
言うことは生きているのはやっぱり幸せだとは。
思えていないわけで、私にとっては生きているけど。
やはり安楽死が正解なのだと思う。

死ぬのって見た目にも大変だし。
どうしても死にたい人は安楽死が最適だと思う。
ただハードルが高過ぎてなかなか実行が。
難しいのが現状なのだけれど。
自死にしろ、安楽死にしろ、やっぱり両親が。
健在なうちは駄目かな…と言うのはある。
でも26年も生き延びて苦しいなら。
やっぱり苦しまずに人生を終わらせる選択を。
したいと思うのも事実である。


2024年03月17日(日) 安楽死 

安楽死の条件には治る見込みのない病や痛みに。
苛まされていること…に。
私は思いきり該当する。

毎日目覚めて思うのが私の人生この痛みと。
倦怠感から逃れられたらなぁ。
もっと違う生き方が出来るのになぁ…

長らくごまかしてきた気持ちを再確認してしまって。
朝まで眠れなかった。
週末はアルコール依存気味になっいて毎週。
辛いのだけどこの時間は私にとって。
必要な時間なのも確か。
だから無理に無理を重ねても誰にも迷惑を。
かけることなく社会生活が送れているのだとも思う。

昨日終盤チラッとだけ安楽死の番組をやっていて。
封印していた気持ちが蘇ってきて震えてしまった。
あーやっぱり私は死にたいのだなと。
今となっては若い頃みたいに突破的に。
行動出来たりするわけでもないのだけど。
あの時死ねればよかったのにといつも思う。
語学力さへあるのならあっと言う間に。
行動してしまいそうなのだ。
へんに行動力があったりする自分に。
想像してしまって暫くは落ちつかないのだと思う。

こう言う話は主治医にも友達にも言うことは。
出来ないから苦しい。
最近は好きなドラマを見るのですら疲弊していて。
横臥して過ごすしか出来ない。

50才を過ぎて51才になる方が近く。
生きてきたのだけど。
たぶん5才くらいから身体が痛くて倦怠感に。
悩まされてきて普通に生きられなくて。
もがきながらここまできて。
両親は器用な人ではなく足りない部分は。
頑張って努力しているのを見ていてくれる人が。
どこかしらいつも居て。
社会で出会った人達に恵まれてここまで繋いでこれた。
結婚と出産こそ経験していないが夜の世界で働いたり。
本一冊出せそうな位の波瀾万丈な人生を。
歩んできたとさへ思う。

今では自立しまだ親の介護もきていなく。
資産も小さめの新築一軒買えるくらいはある。
今は他人から見ると恵まれている方の。
人生なのだと思う。
だけど身体が思うように動かなくて。
出来ないことが多い人生はやっぱり辛くて仕方がない。
精神だろうが身体だろうが身体がついていかなく。
人についていけなく一人を選んでしまう。
本当はもっと人と居たいし寂しい。
見た目には身体障害ではないので。
出来ない自分をどうしても何年経っても。
認めてあげられない。
世の中にはもっと困っている人や出来ない人が。
居るのに…なんて言葉はわかっている。

今では身体の病名がついて主治医は2人居る。
だけど安楽死したいなんてとても言えない。
鬱がひどくなっているとも思われたくもない。
そう言うのはもう要らない。
毎日毎日演じて生きなければいけないのが辛い。
何を甘えたことを言っていると言われるのは。
百も承知なのだけど。
本気でこの事を思ってしまう…




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