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Mi Pensamiento Diario

アイスホッケー

ちょっと失敗。ジョギングから戻って来たあと、いつもだったらジュースを飲むのに、今日は何となくビールを飲んじゃったの。シャワーを浴びたあとの一杯だったし、おいしいなぁって思って晩御飯を作りながら飲んでたら…。♪まわる まわるよ 海をこえて みんな楽しい酒がまわる まわれ まわれ まわれ…って感じでやたらまわっちゃった。考えてみれば今日はまだ何も食べてなかったの。そんな訳で今は何だかとってもいい気持ちで。それなのに日記を書いているムースって変だよねぇ。
昨日の日記を今朝読み直して見たんだけど、この日記を以前から読んでくださってる人はあれって思ったんじゃないだろうか?だっていつも1人ぼっちって書いているわりには、体育会に所属してるって書いてあるんだもんね。って実は♪口笛拭いて空き地へ行った 知らない子がやってきて遊ばないかと笑っていった 1人ぼっちはつまらない 誰とでも仲間になって仲良しになろう…って思った訳ではなくて、このHPを立ち上げる前まではムースも元気に活動してたんです。ただ、ふっとすべてのことに疲れてしまって練習へ行かなくなったら、いつの間にかシーズンが終わっていてチームも解散してたの。だからこの日記にはいつも1人でいるように書いてあったんだ。っていうか本当に誰とも話すことなく、いつも1人でいたから。ただ今年も10月になるとムースが運動をするシーズンになるので、昨日の日記では所属してる体育会のことを書いたという訳です。去年の夏、ここに引っ越してきて、右も左もわからなかったし、誰1人として知ってる人がいなかったので、ムースは必死に友達作りに励んでたの。だから毎週末飲み会に参加して、バカなことを散々やっていたんだ。バカをやると覚えてもらえるからね。って普通にしててもムースはちょっと目立ってたけど。でもいろいろとあって輪の中に入るのは難しかったんだ。1つには共通の話題を見つけられなかったことかな。年も違えば、都会育ちのムースと田舎育ちの人たち。この溝はちょっと大きかったかも?せめて年が近ければ、少しはどうにかなったかもしれないけど。そんな感じだったから、飲み会でも1人になってることが多くなっていったの。で、そのうち飲み会も参加しなくなっちゃってたし。いつの間にか1人きりになってたんだ。今年は去年のように必死になって友達を作ろうとは思ってないから、気楽なんだ。それに半分くらいのチームメイトが今年も残っているし。一生懸命仲良くなろうとする必要ないもん。普通にしてればいいから。今年は去年とは違った感じのチーム形態だっていう話だし。10月になってのお楽しみかな?
そういえば楽園茶屋の管理人パグのしっぽさんの日記にアイスホッケーのことが書いてあったの。詳細は「ここ」をクリックして日記を読んでください。今年から1チーム減って日本リーグは5チームになっちゃうんだよね。今のムースはアメリカのプロのアイスホッケーに興味があるので日本リーグは全く見に行かなくなっちゃったけど。っていうか、会社が変わりすぎちゃって、たまに混乱するの。例えば、王子製紙は神崎製紙を吸収合併したときに新王子製紙と社名を変えたと思ったら、今度は本州製紙と合併してもとの王子製紙に戻しちゃったり。ムースが見に行ってたころは、日本製紙が十条製紙だったころで、山陽国策パルプと合併したときに今の名前になったんだよね。それが今度は社名でなくクレインズと呼ばれていたりして。日光バックスは昔の古河電工だし、コクドは国土計画だったし。西武鉄道くらいかな、今も昔も一緒なのは。ただ残念なことに雪印はあの事件のことでついにチームがなくなっちゃったよね。ムースが札幌にある叔母の家から母の実家に帰るとき、いつも新札幌にある雪印アイスアリーナの前を通っていたし、いつの日にか新札幌で試合が見たいなぁって思ってただけにちょっと残念。パグさんの日記にはコクドのゴーリー(日本語だとキーパー?)の岩崎の名前なんか出てたけど、懐かしいねぇ。ムースは彼が国土計画に入ってからは彼が出場してる試合を見に行ったことがないけど、まだ明治大学でやってる頃はよく試合を見てたから。あの頃の明治大学はムチャクチャ強くって、卒業後王子製紙へ行った松浦が結構目立ってたかな?って考えてみればムースが大学ホッケーを見始めたころって、コクドの坂井がまだ明治大学の学生だったかも?最近日本リーグを見ないだけに何だか懐かしい思いをしちゃった。といってもやっぱり今のムースはNHLのファンなので、2年半に1度見る生NHLを期待してる毎日なの。2年半前の2000年4月、ムースはカナダのバンクーバーに出没して2試合も生でNHLの試合を見ちゃったし、その2年半前の1997年10月にカナダのトロントに出没して1試合生でNHLの試合を見たの。さらにその2年半前の1995年の4月、ムースはスペインで毎日飲んだくれて、アイスホッケーのことはすっかり忘れてた。どちらかというとバルセロナFC対レアル・マドリードの方が重要だったのかも?だって老若男女すべてその話題をするんだもん。でもさらその3年前の1992年の3月はカナダのバンクーバーに出没して1試合観戦したんだ。ってことはこの秋、2年半ぶりにNHLを見るのでしょうか?いや、見なそう。だってお金がないんですもの。それに生でNHLを見るとキャーキャーいっちゃって大変だから。ビールをグビグビ飲んじゃうし。本当に生NHLは大興奮だから。日本リーグはその点とっても静かかな?っていうか企業対抗のアイスホッケーだし、観客と会社から応援に借り出されている応援団との波長が合ってなくて、応援団のみが一生懸命応援してるって感じかな。NHLはお客さんが楽しんでるからウェーブも起こるし、電光掲示板に「NOISE」と出ればお客さんみんなが叫ぶし。それと1番の違いはやっぱり地元意識かな?ヨーロッパでのサッカーやアメリカでの野球、アメリカンフットボール、バスケット、アイスホッケーのように地元が勝ってなんぼって意識が日本にはあまりないもんね。唯一その傾向があるのは高校野球くらいかな?それに日本のアイスホッケーは北海道が中心だし、ほとんどの選手は苫小牧か釧路の出身だもんね。だからどうしてもしらけちゃうのかも。長野オリンピックのときでさえ、フィギアスケートやスキーのジャンプ、ノルディック複合に比べたらそんなに盛り上がらなかったよね。っていってもムースの周りではムチャクチャ盛り上がってたけど。
前にナベツネ新聞を読んでいたらロシアのウラジオストックだかハバロフスクのチームが日本リーグに入れて欲しいっていってるという記事が載ってたけど、どうにか調整して、日本リーグならぬ日本海リーグを創設して、日本海沿岸に位置する国のアイスホッケーリーグを作っちゃえばいいのにね。そうしたら、苫小牧のチーム(王子製紙)対ロシアのチームとかロシア対韓国とかっていう組み合わせになるから、選手はホームゲームとアウェイの違いを実感できると思うし、見ている人も地元を応援するだろうから、面白くなると思うんだけど。あくまでも日本海リーグであって、東海リーグではありませんから。東海リーグだと、名古屋のチーム対静岡のチームって感じだもんね。やっぱり日本海リーグでしょう。それがダメだったら間宮海峡リーグでも宗谷海峡リーグでもいいけど。堤義明は西武ライオンズを手放しても、アイスホッケーだけは手放さないってくらいのホッケー好きだから遠征費用くらいどうにか工面するだろうし、ロシアのチームはどうやらお金を持っているらしいので、日本への遠征費用も工面できそうだし。日光バックスはますます経営が大変になっちゃうけど、そこは日光市民の理解を得て、今まで以上に日光市からの補助をもらって、存続していってもらいたいなぁ。本当は日光バックスの興行収入がたくさんあればいいんだけどねぇ。日光市の人口を考えるとどうしても限界はあるし。前社長の高橋健次氏がバックスを存続させようとここまで努力したから、どうにか存続していってくれるといいなぁ。ムースがちょーお金持ちだったらいくらでも資金援助してあげるのに。
何だか今日も取り留めのないことを書き綴っちゃった。もうアルコールは抜けましたから。これだけ書いている間に酔いなんて覚めちゃうって。ねっ。

最後に。日光バックス存続のために最後の最後まで奮闘努力していた高橋健次氏のご冥福を心より祈ります。


2002年08月29日(木)




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