無限大にある可能性を削っていくもんだ

生きていくってそんなもんだなーなんてまだまだそんなに生きてない自分ですらそう思ってたりします。小学生とか見てると、本当に可能性なんてすげーいっぱいあるぜ! みたいなことを無責任に思ったりして。無責任ってのはちょっとことば悪いですが。

んで。じゃー自分はどーだろ? とか考えてみるわけです。
ちゃんと削れてんの? 折り合いつけてんの? そう考えてみたら、そうでもないような自分もいる、と。そんなに簡単にできりゃ誰も苦労しないわけで、だからいいじゃん……! みたいなことを思ってみたり。

夢はあるんだと思う。ただ、進めば進むほどにそれが何なのか分からなくなっていく。確かに、向かって歩いてると思う。でも、それが本当に大きすぎて高すぎて目をそらしたりする。

「夢があるっていいねー」みたいな。そんなことを言われることがある。確かにそうなんだけど、確かに間違いはないんだけど。歩いてると、分からなくなる。本当に、それが夢なのかどうか。

夢と現実は違う。
違うから夢は夢なのかも知れない。
そんなことを時々思ってみたりする。
夢が現実に近づいてきた瞬間、いつの間にか夢だったものが消えて膨らんでたものがしぼんで空っぽになってる。
そんなイメージかも知れない。

贅沢な悩みなんだろうか。
現実をただ見てないだけなんだろうか。

分からないけど。
ただ、やっぱり。
それでもやっぱり。
ただただ一歩ずつ一歩ずつしか結局ないわけで。

たまにはズイズイッとひいて考えてみよう、そんなことを思った。
2005年08月27日(土)

日記 / 天木 草