だからなに。
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神の神経学という本をちょっとずつ読み始めた。 老眼風味であるため、電車で立って読んでいると、 ワキをしめて肘から先の長さでは、微妙に近くて見えづらい。 次女ちゃんをお迎えに実家まで行って、その話をしたら 母のいちばん弱い老眼鏡をかけてみよと言われ それで本を見たら、字はちょっとでかく見えて、見えやすいと言えば見えやすい。 でもなんだかしっくりこない。 次に父の弱い乱視メガネをかけてみよと言われ、それで見てみたら 字の輪郭がすっきりした。 やっぱりちょっと乱視なんだねぇ、ということで話がまとまった。 乱視で斜視。
いちばん好きな人のものでいられるのは幸せ、だけど あんまり会えないのは不幸せなのかな、って、おとといぐらいに考えた。 でもあんまり会えなくても不幸せだとは感じていないと思う。 自分はそんな状況でいても 仲良く手をつないで歩いているカップルを見て 嫉妬はなくてあったかい気持ちになってしまうということは 全体的に自分が落ち着いているってことなんだろなと思う。 「ものは考えよう」っていうのは あたしにとってすごく大事なことなんじゃないかと思える。 ちょっと考え方を変えてもらえただけで、こーんなにラクになるなんて。 それと、 こないだ、時節もの「はだしのゲン」を見ていて 「笑うとすっきりするじゃろ?」っていうのがあって さっき実家でそれを体感しちゃった。 笑えるのっていいことだと思った。ゲンってすごい。
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