自己の名前が自覚されないまま、すべてに偏在する名前に達することは不可能である。名前そのものが形である。名前を越えた真言は無い。その真言が聖なるものであり、想念を高め、浄化する高次の力の助けに守られたものでないかぎり、効果は永続しない。