森岡万貴 徒然記 (黒いブログ)
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こんにちは。 今日は、お父さんの命日やねん。
(なんかこんな話題ばっかりですんません。・・そういう時期なんやろう。)(苦笑)
ちょうど20年経ちます。
20ねん、、かあ。。
あの日も、こんな寒い日やったなあ、、と思い出してた。 姉ちゃんと二人で家に居た。 お母さんからいきなり「今すぐ病院に来なさい!!」って電話があって、駅3つ離れた古墳の傍の病院に、姉と自転車こいで駆けつけたら、もう父さんの意識は無くて、お医者さんが殆ど馬乗りになって
バクッ! バクッ!
って、心臓マッサージでなんとか息だけ保たせてる状態やった。 扉を開けて目に飛び込んで来たのが、いきなりそれやった。 なんか、ものすごく荒っぽい光景に見えて、あたしは
「なに、、これ、、?」
って、棒切れみたいに立ちすくんでしまった。 前回お見舞いに来た時は、座って話もしてたのに 苦しそうやったけど、笑ってくれたのに
お医者さんに「お嬢さん、声かけてあげてください!」って促されて、姉ちゃんと左右1コずつ父さんの手を握って「父さん、父さん!!」って呼びかけたら、もうとっくに意識はないはずやのに、確かに、ギュッギュッって握り返してくれた。
びっくりした。
助かるんちゃうか、って一瞬思ったけど、反応はそれだけで、心臓マッサージを止めたら心電図が、テレビのドラマと全く同じように、ピッ ピッ ピッ
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ー ー・・・・
って無機質に鳴って、お父さんの手は時間と共にだんだん冷たくなっていった。
お母さんは目を真っ赤にして、私と姉をギュウと抱きしめて、 「これから3人でがんばろうな」 って喉の奧から絞り出すみたいに言った。自分に言い聞かせてるみたいやった。 その腕がきつくて胸が詰まって、私は苦しかった。 状況を把握できないまま、かなり混乱して、「ぅ、うん。」っていうのがやっとやった。
姉と自転車こいで帰ったのだけは覚えてる。夕焼けやった。
そのまま疲れて、姉と眠った。
起きたのも姉ちゃんと同じ時刻で、お互いに目が合って、 「・・・夢やんな。」って言い合った。
そうや、夢に違いない。 な〜んや、夢やったんや、
ってちょっとだけ嬉しくなって階段を降りて見に行ったら、父さんがさっぱりとした感じで、お布団で寝てた。 白い綺麗な布を顔にかけて。
この時、悲しみが猛烈に襲ってきて、一番泣いたと思う。
お葬式の日は冷たい雨で、寒くて震えながらずっと正座してた。
20年やで。
父さんがいつも言ってた訓示、 『あおいくま』
あ せるな お こるな く さるな い ばるな ま けるな
を勉強机に貼って、成長した。 やたらガムシャラに勉強した。
東京に来て、初めて『ORION』っていう曲を作った。父さんを想って作った。 お母さんの誕生日に、曲を書いてプレゼントした。奈良に行ってこの曲をビブラフォン弾きながら唄ったら、お母さんより姉がずっと泣いて困った。姉ちゃんは姓が変わってて、子供を抱いてた。
東京で、ビブラフォン弾きながら唄い出した。 CD出すときにレーベルの名前は『ブルーベア/Blue Bear:』にした。もちろん“あおいくま”、すぐ決まった。
体と心をこわして、ビブラフォンを置いた。
あたしは今、何をしているかと言うと、『ORION』を唄うために、もう一度最初から訓練しています。
唄いたいから唄える体を作んねん。 生きてる間に、この曲だけは絶対に残したい。
これを『ブルーベア レーベル』から出すねん。 それだけは、どうしてもしたい。
どうか待っててや。 いつかははっきり言えんけど、 絶対ちゃんと立って歩くから。
父さん、ありがとう。 母さん、ありがとう。 姉ちゃん、ありがとう。
今、これを読んでくれてるあなたに、ありがとう。
みんなみんな、宇宙の一切が、森羅万象が、水が、 調和して、平和で、生き生きと輝きますように
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