森岡万貴 徒然記 (黒いブログ)
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2006年11月26日(日) 20年

こんにちは。
今日は、お父さんの命日やねん。

(なんかこんな話題ばっかりですんません。・・そういう時期なんやろう。)(苦笑)



ちょうど20年経ちます。

20ねん、、かあ。。

あの日も、こんな寒い日やったなあ、、と思い出してた。
姉ちゃんと二人で家に居た。
お母さんからいきなり「今すぐ病院に来なさい!!」って電話があって、駅3つ離れた古墳の傍の病院に、姉と自転車こいで駆けつけたら、もう父さんの意識は無くて、お医者さんが殆ど馬乗りになって

バクッ! バクッ! 

って、心臓マッサージでなんとか息だけ保たせてる状態やった。
扉を開けて目に飛び込んで来たのが、いきなりそれやった。
なんか、ものすごく荒っぽい光景に見えて、あたしは


「なに、、これ、、?」


って、棒切れみたいに立ちすくんでしまった。
前回お見舞いに来た時は、座って話もしてたのに
苦しそうやったけど、笑ってくれたのに


お医者さんに「お嬢さん、声かけてあげてください!」って促されて、姉ちゃんと左右1コずつ父さんの手を握って「父さん、父さん!!」って呼びかけたら、もうとっくに意識はないはずやのに、確かに、ギュッギュッって握り返してくれた。


びっくりした。


助かるんちゃうか、って一瞬思ったけど、反応はそれだけで、心臓マッサージを止めたら心電図が、テレビのドラマと全く同じように、ピッ ピッ ピッ 


ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ー ー・・・・


って無機質に鳴って、お父さんの手は時間と共にだんだん冷たくなっていった。


お母さんは目を真っ赤にして、私と姉をギュウと抱きしめて、
「これから3人でがんばろうな」
って喉の奧から絞り出すみたいに言った。自分に言い聞かせてるみたいやった。
その腕がきつくて胸が詰まって、私は苦しかった。
状況を把握できないまま、かなり混乱して、「ぅ、うん。」っていうのがやっとやった。


姉と自転車こいで帰ったのだけは覚えてる。夕焼けやった。

そのまま疲れて、姉と眠った。


起きたのも姉ちゃんと同じ時刻で、お互いに目が合って、
「・・・夢やんな。」って言い合った。

そうや、夢に違いない。
な〜んや、夢やったんや、

ってちょっとだけ嬉しくなって階段を降りて見に行ったら、父さんがさっぱりとした感じで、お布団で寝てた。
白い綺麗な布を顔にかけて。

この時、悲しみが猛烈に襲ってきて、一番泣いたと思う。

お葬式の日は冷たい雨で、寒くて震えながらずっと正座してた。



20年やで。

父さんがいつも言ってた訓示、
『あおいくま』

 あ せるな
 お こるな
 く さるな
 い ばるな
 ま けるな


を勉強机に貼って、成長した。
やたらガムシャラに勉強した。


東京に来て、初めて『ORION』っていう曲を作った。父さんを想って作った。
お母さんの誕生日に、曲を書いてプレゼントした。奈良に行ってこの曲をビブラフォン弾きながら唄ったら、お母さんより姉がずっと泣いて困った。姉ちゃんは姓が変わってて、子供を抱いてた。


東京で、ビブラフォン弾きながら唄い出した。
CD出すときにレーベルの名前は『ブルーベア/Blue Bear:』にした。もちろん“あおいくま”、すぐ決まった。


体と心をこわして、ビブラフォンを置いた。


あたしは今、何をしているかと言うと、『ORION』を唄うために、もう一度最初から訓練しています。

唄いたいから唄える体を作んねん。
生きてる間に、この曲だけは絶対に残したい。

これを『ブルーベア レーベル』から出すねん。
それだけは、どうしてもしたい。

どうか待っててや。
いつかははっきり言えんけど、
絶対ちゃんと立って歩くから。


父さん、ありがとう。
母さん、ありがとう。
姉ちゃん、ありがとう。

今、これを読んでくれてるあなたに、ありがとう。


みんなみんな、宇宙の一切が、森羅万象が、水が、
調和して、平和で、生き生きと輝きますように


maki morioka |HomePage

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