不確定を確定に変えていくことは、実はちょっと寂しいことだと気づいている。「まだなんとかなるかもしれない」その恥ずかしいほどの清々しさといったら。誰かに肯定してもらうことで成り立つ「確定」の上に僕らは立って、「もうどうにもならないんだ」などと自嘲気味に笑いながら、寂しさを紛らわすために死ぬまで「不確定」を探し続けるのだろう。