終わったあと、笑顔で握手できるような戦いがいいな。 という考えは偽善なんだろうか。
偽善でなければいったい何なんだろうか。
戦いというものは勝者と敗者を生むという性格上、 やっぱし偽善的な考えなんだろうな。
待てよ、戦いの参加者と傍観者じゃ、戦いそのものを 客観視する度合いが違うから、笑顔で握手できるような 戦いは、傍観者の意見としてだったらアリなのか。 参加者としては偽善だったり偽悪かもしれないけども。
じゃ、ボクシングとかで勝負のあと健闘を称え合ったり するのは偽善なのか?野球の試合終了で礼するのは偽善? サッカーでユニフォーム交換するあれはナニ?
戦争終わったら両軍が抱き合って健闘を称えるなんてあ りえない。米英に負けちゃったのに尻尾を振って真似す る戦後日本はぜーんぶ偽善?開き直り?イラクは? なんか答えもうちょっとなのに見えてこない。。
なんでもかんでも、 物事を全部戦いに置き換えちゃう人がいて、うんざり。
客観できないからなのか。それとも客観するのを拒んで いるから笑顔で握手できないんだろうか。それとも自分 が偽善的であることがイヤだからか?そうだったら、笑 顔で握手なんてしなくていい。する必要ない。
最後に笑うのは自分だ!って考えを捨てたら、 やっぱ燃えないのかな。
戦いに参加したがる(挑む、受けて立つ)人っていう のは、いるんだろう。生き方としてすごく凛々しい気 がする。 そして戦いに参加せず傍観していたい人(戦いが終わ ったら笑顔で握手してほしいなって願う人)っていう のも、いるんだろうね。
うーあー。
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