我思うゆえに我あり

2003年04月03日(木) 戦いと笑顔

終わったあと、笑顔で握手できるような戦いがいいな。
という考えは偽善なんだろうか。

偽善でなければいったい何なんだろうか。

戦いというものは勝者と敗者を生むという性格上、
やっぱし偽善的な考えなんだろうな。

待てよ、戦いの参加者と傍観者じゃ、戦いそのものを
客観視する度合いが違うから、笑顔で握手できるような
戦いは、傍観者の意見としてだったらアリなのか。
参加者としては偽善だったり偽悪かもしれないけども。

じゃ、ボクシングとかで勝負のあと健闘を称え合ったり
するのは偽善なのか?野球の試合終了で礼するのは偽善?
サッカーでユニフォーム交換するあれはナニ?

戦争終わったら両軍が抱き合って健闘を称えるなんてあ
りえない。米英に負けちゃったのに尻尾を振って真似す
る戦後日本はぜーんぶ偽善?開き直り?イラクは?
なんか答えもうちょっとなのに見えてこない。。




なんでもかんでも、
物事を全部戦いに置き換えちゃう人がいて、うんざり。

客観できないからなのか。それとも客観するのを拒んで
いるから笑顔で握手できないんだろうか。それとも自分
が偽善的であることがイヤだからか?そうだったら、笑
顔で握手なんてしなくていい。する必要ない。

最後に笑うのは自分だ!って考えを捨てたら、
やっぱ燃えないのかな。

戦いに参加したがる(挑む、受けて立つ)人っていう
のは、いるんだろう。生き方としてすごく凛々しい気
がする。
そして戦いに参加せず傍観していたい人(戦いが終わ
ったら笑顔で握手してほしいなって願う人)っていう
のも、いるんだろうね。


うーあー。


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