はい、元旦です。正月の楽しみといえば、お年玉と年賀状♪特に年賀状ですね、私が基本的にイラスト年賀なので、こっちにくるのも半数ぐらいがイラスト年賀です。 今年の年賀状でびびったのが、某友人が「時間の風」第二部の主人公達を書いてきたことです。というか、それで30000HIT踏んでたって・・・申告してよッ!!(泣)だけど・・・なんかちょびっと小説家の気分味わったり・・・。なんかこの年賀状だけで一喜一憂してしまいました・・・。 その他いろいろ面白い年賀状が届いて楽しかったです。
さて、今回落書きサボったので、ってのは変ですが、日記、大量に書くことがあります。まぁ、まずは屍鬼の感想です。大晦日から元旦にかけて一気に読みふけり、睡眠に入ったのは4時半ごろだったとか・・・。 しかし、がんばって読んだだけあって、しかもかなり吹っ切っちゃったのでなんかひたすらシリアスな場面からいろいろ煩悩を広いあげる私・・・。除夜の鐘を聞いても煩悩は払い落とせなかったようです(笑)そもそも煩悩なけりゃ私はここには居ませんが。ふ、煩悩ない人間なんて人生の楽しみの半分は失ってるね!!私に煩悩なけりゃ、今ごろ生気のない生活をしていただろうと思うし。 煩悩なけりゃ出会わないカップルもおりますしねv って、屍鬼の感想になってなーーーーいッ!! でわ、真面目に感想いきましょう。 結局のところ・・・「静信の一人勝ち?」「何もしてねぇくせに一人だけ幸せになりやがって」というお怒りのかたがたの気持ちがよっく解かった瞬間でした。最期ね。しかも、本出してやがるし。何と言うか、再会していない敏夫さんや辰巳にとっちゃ、生殺しのような行為だなぁ、と思ってしまいますよ、ホント。 基本的に静信×敏夫の悲恋物・・・っていうイメージが屍鬼という作品に出来上がってしまっている私・・・。なんつーかね、この二人ね、お互いの事気にしすぎ!!何と言うか、完全にお互いの道が分かれてしまってからも、なんつーか、ホントに、この二人はどうしようもなく・・・気にし合っている。片想いカップルって感じ?ああもう、もどかしいッ!! あー、それから静信の理論に反論する気はありません。概ね賛成だし。ただ、屍鬼側と人間側どちらにつくかといったら私は人間の方につくし、まぁ、それだけなのだと思います。違いは。屍鬼に同情的になるとも思うし、ただ、村の人々の屍鬼を狩るさいの行為はちょっとグロいものがあります。敏夫さんが恭子さんをモルモットにしている事より酷い感じがします。 かおりちゃんは最期まで「可哀想」でした。結局自分で自分のお父さん殺しちゃって、仕方がなかったって言っても耐えられないことだったでしょう。だから、「なかった」事にする。両親や弟の死の原因を別のものにして、夏野と出会わなかった、恵はいなかった、とすることでやっと精神を保とうとしているのだと思う。 可哀想です。 律子さんと徹くんはがんばったね、大変だったね!と言ってあげたい。律子さんの叫びはそのまま徹くんを揺るがした事でしょう。寄り添って眠るさまはあまりにも切ない。 ああ、そうそう、一言不満を言うなれば、何故後書きに一言も敏夫の話題が出なかったのか、ってことですか。静信はもちろん、律子、夏野、徹、正雄、恵まで名前が出てくるのに、敏夫さんの名前が一言も出てこない、ってどういう事ですか?ああ、なんか同じ気持ちをハリポタの時にも味わったぞ!! まぁ、怒りはこの辺で置いておいて。 静信の理論も敏夫の道理も結局は相容れなかった事だから仕方ないのですよね。主役はあくまで静信、ということなのでしょうに。 敏夫と静信の関係はそのまま静信が書いていた小説の兄弟に類似しているようにも見えました。どちらがどちらとはいえませんけどね。 ただ、敏夫と静信の理想と現実の割合が正反対だったのが今回の枝分かれの原因であったような気がします。まぁ、敏夫も静信もお互いを全くと言っていいほど憎んでいないので、再会したらそれなりによろしくやってくれそうですが。 そして、「共存はありえない」というあり方に一つ。しつこいぐらいに言っていたけど、本当に共存は不可能なのでしょうか? それはどちらもが譲歩すればありえる事だと思うのですが。お互い利害が一致すれば共存はありえると思う。外場という土地でのみならば。屍鬼に血を座れるのが怖いのは「襲われる」から、そしてそれに「死」が付きまとうからでしょう。 そして、もしそれを「提供してあげる」という風に発想の転換をすれば、村人と共存できない事もなく、その村の社会に入り込むことも可能だったのではないかと思います。ごめん、最後の最後まで沙子は好きになれなかった。 そう、それが最初にやってきた数人だけなら、敏夫が気づいた時点での屍鬼の数だけであったなら、共存は可能だったのではないかと思う。屍鬼は人から血を提供してもらう、だから屍鬼は人に何か奉仕してあげる、危険な作業を請け負ってあげるのでもいいと思う。人は自ら「献血」という行為をする事だってあるのだし、血を与えるという時点での嫌悪感はないのだと思う。そして、血を飲むという行為がおぞましいと感じるのなら、その血液を注射するだけでも問題ないのではないかと思うのですよね。 本当に共存はありえなかったのでしょうか?親しい家族が、もし苦しんでいたのなら、助けてあげたいと思うでしょうに。実際、そうしてあげようとした人がいた。だから、決して不可能な事ではないのだと思います。 まぁ、この辺で屍鬼の解説は終わってもいいかな、と思う。敏夫と静信の関係も、まだまだ希望はあるし、ね・・・。再会しないとも限らないしね・・・(笑)まぁ、静信が人狼になったのは少なからずムカつくところがなきにしもあらずですが。 ただ一つ思ったのが、敏夫って・・・沙子に会った事が無いのよね・・・他の人達には皆会ってるのに。すごいなぁと思う。 それから、敏夫の家族に対しての淡白さというか、無常さ、というものをひどく共感してしまう自分が居る。敏夫が重要視しているのは村というものであって、家族では決してないのですよね。家族が死んでも敏夫はなかない。逆に、敏夫と少し親しいだけの友人だったり、実も知らぬ子供に対する方が敏夫にとっての遣り切れなさが強調されるのだと思う。ていうか、私がそうだからっていう勝手な理論だけどね。敏夫って、両親の事を疎んでいた上に、恭子とは好きでもないのに結婚した。その死を嘆けという方がムリだと思う。 ていうか、私はムリ。家族が死んでも私はきっと泣かないと思う。村の大部分の人が家族を大事にしていたのとは逆に、私にとっては家族が重要視されるものではなく、その周りの町や村、友達なのであるのだと思う。 ひょっとしたら、敏夫は静信が死んだら泣くかもね。というか、敏夫は、静信を狩る事だけは出来なかったんじゃないかと思う。お互いを嫌というほど理解しているだけに、静信という人間がどれだけ考えてそちら側についたのか何となく解かるだけに、いさぎよく殺すかそれとも殺さずに見逃してしまうかのどちらかだと思う。ひょっとしたら、殺す確立の方が高いかもしれない。あの村の中でなら。敏夫にとって、殺せない事は許されない事になったんですよね、村の指導者となって屍鬼を狩り始めた時点で。 ああ、もう一つ、可哀想だったのは静信の母親や光男たち。可哀想としか言いようがない。命を、三つ、何の責任も罪も背負う事のない命を三つ、奪われてしまったのだから。 あんまりにも酷かったと思う。これが本当の殺人なのだろうと思う。 まぁ、あの場に敏夫が居たならそうはならなかっただろうな、と思います。そう、ならなかったと思う。家族に対する責任より、寺や村に対する責任の方が敏夫には重かった気がします。そして、敏夫にとって罪だったのは、屍鬼でない人を殺す事なのだと思う。そこで、人を殺してしまったら、ろくに詮議もしないで罪を犯してしまうのは可哀想だと思う。そこに静信が居たという確証を得て、村人はほっとしているわけだけれど、光男達にとっては呪っても呪い切れないと思う。 そして、静信もついに人を殺した。どこかで切れたな、という感じがしないでもないけど、吹っ切った、という感じがする。 敏夫と静信が、もし今後出会う事があったなら・・・きっと静信は罪悪かんで鬱々としていて、それを敏夫が気にしてない、と励ます場面が浮かびます。多分、そうなるのだろうと思う。静信は、敏夫が自分を恨んでいても可笑しくないと思っていると思う。まぁ、敏夫はそれが静信らしいと許容してしまっているから、そうでもないのかも知れないけれど。 まぁ、どうしようもなく惹かれあっているな、という感じが本当に消えないですね、この二人は。対照的だからこそ惹かれあう。 心理を追求する静信は女性的、真実を追究する敏夫は男性的、と言ったけれど、私はその心理を追及する人、女性的な人の方が攻めくさいと思う。 まぁ、それももういいかな。
ついにミステリに手を出してしまった・・・。有栖川有栖・・・。だって、火村先生気になるんだもの・・・。買っちゃったよ、古本屋で。
さて、ここから先を読む方。これから言う事に当てはまる片はご遠慮願います。これから先、私はひたすら18禁な発言をします。(18でもないくせに) マニアックだし、ここまで読んでいる時点でそれなりに男同士のカップリングに免疫のある方だとは思いますが、本当に、濃い発言をかましまくります。マジで新年早々から何考えてんだ、って感じです。 それでもいい方、気分を悪くしても私には責任の取りようがありません。お願いだから本当に大丈夫、と思う方だけ読んでください。
はぁ・・・と溜息一つ。 私のカップリングに対しての価値観というか、かなり直接的な発言に耐えられますか?ここが最後の砦です。一行でも下に行けば、そこからはもう知りません。 一言で言うなれば、私はマイナー。常にマイナー。今まで散々いってきたことだけどマイナー。 そもそも、今日古本屋で読んだホモ小説、受けが好みだったのだけれど、痛かった。私はやけに煩いのです、そういうの。私は男女のカップリングはあくまでプラトニックで精神的ラブが好きだが、男同士のカップリングだと逆にほとんどの場合が肉体関係アリの方がいい。 さて、ここで問題なのが、何故受けが好みだったのに痛かったか。まぁ、基本的にこの話は元のカップリングがあって、その攻めさんが別の方に突っ込まれる、という展開なので、仕方ない気もするのですが、私は、ひたすら攻めが受けを好きなのがいい。その点では良かったのです。なんたって基本が攻め始点だったもの。だけど、問題がここに。私、セックスの時は攻めが優位にいないとダメなんです。そう、あからさまに攻めっぽい受け。というか、私がいろんなホモ小説を覗いてみても、好みなのは攻めさんなのです、いつも。その攻めさんに私は受けをやって欲しいと思う。蹂躙されている姿に萌えるのです。強姦でも全然かまわない、と思っています。 そして、セックスの際に、受けが喘ぎ声を出さないと何だか気に入らない。確かに必死で声を我慢しているっていうのもそそられるのだけれど、やっぱり攻めさんが意地悪してムリにでも声を出させようとするのがいい。そして、理性とかプライドとかを全部取り払ってしまおうとするのがいい。だけど、本当にあさましく腰を揺らしているのは我慢できないの。最期の最期のところで、理性が残ってて、快感を享受してしまった自分に自己嫌悪するの。それがいいの。 しかし、なかなかそう言うのがないのよね。ホントに。最近は増えてきた方だと思うのだけれども。 ここで私の静信×敏夫とか、アリス×火村とかいうもののあり方が見えてくると思うのですが、基本的にこの二つのカップリングは両思いです。幸せなのだと思う。というか、苛めたいのと幸せになって欲しいのと半々な受け様たちなの。 ここで問題提起するなれば、両想いの対象になる相手が制限されているという事。敏夫は静信でなければいけないし、火村はアリス、まぁ、他の誰かでもいいのだけれども、そうであって欲しいと思う。だけども、このカップリングで強姦してても私は全然平気なの。むしろ泣かしちゃってください、って言いたくなります。 基本的にほとんどの人は私と逆のカップリングだし、それでなくても両想い嗜好の人が多いと思う。だけど、私は両思いが絶対ダメってカップリングがあるんです。無理やり犯されているからこそ萌える、っていうのが。 そういう人って少ないですよね?しかも私みたいに微妙にこだわっている線がある。その好みに確実に合うというのは本当になかなかない。基本的にエロ好きな私は、やっぱりセックスのときに一番のこだわりがあると思う。普段は受けさんがペース握っててもいいのだけれど、セックスになると攻めさんが圧倒的であって欲しいし、受けさん視点の話は特例以外はほとんど苦手と言ってもいい。 それから、道具。SMとかありますが、基本的に本格SMは苦手。だけど、ロープで縛ったり手錠とか使ったりするのは好き。あとバイブも好みます。かなり好きだと思う。鏡やお風呂でのセックスも好き。羞恥プレイっていいよね。強姦和姦は余裕でオッケー。外でするのもいいよね、という感じ。声は塞がないで常に空いていたほうがいい。私は喘ぎ声のないセックスだとやらしさを感じないから。逆に喘ぎ声さえあえばおなかいっぱいになるような人間なのだけれども、受けが好みであったらの話。受けが好みでなければそれはただ嫌悪の対象にしかならない。 わがままと言われればそれまでだけれど、だからこそ逆に王道に嵌れるひとは羨ましいです。大体、好みの受けで、好みのプレイしていても、喘ぎ声が気に入らない場合もあったりします。(本当に細かい) 女々しい喘ぎ声は基本的にパスなのだけれども、というか女の人みたいな喘ぎ声?それがどの程度をようするのかは自分でもわからないのだけれど、必死で抑えようとして出る声は本当に萌える。 「あぁ〜ん」とかってあからさまな喘ぎ声ってのは苦手なのです。だからどんなのかって言われれば、吐息と共に思わず声帯が刺激されたような声、ということなのですが、よく解からないかな・・・。 まぁ、解かるかどうかは別として、そう言う事なんです、としか言いようがない。攻めが受けを苛めるのにはひたすら萌えるのだけれども、攻めが好みだとかなり個人的に痛い。 ほんとうにこんな事言ってても仕方ないのでこの辺で切り上げましょう。
マジで長い日記。本当にここまで読んだ方が居たら、お疲れ様。
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