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- 2001年09月14日(金) 出発の日。そしてチェンナイ
シンガポール航空最高。座席の前に画面があって ゲームできるし、テレビあるし! これほんまエコノミーかよ!
飽きる事なくシンガポールにつく。 乗り換えだ。
数時間持て余したのでインド通貨のルピーをゲット。 その後ホットメールをした。 カナダにけっこうあったハンバーガー屋A&W にいくが、全てのサイズが小さく不満が残る。
どうやらこの辺にいる日本人は全てシンガポール に来たか、日本に帰るかっぽい。 ---------------------------------------- インド行きは俺ひとりくさい。 あと10分で搭乗。
ムトゥ(=ラジニーカーント)の故郷タミルナドゥ に着いた。
昨夜、あれから搭乗口に行って一人の日本人を発見 (地球の歩き方を熱心に読んでいた)して、彼に 話し掛ける。2回目のインドらしい。
実はその彼(F君)、高校時代通ってた予備校の同級生で ある事が発覚。感動の再会やった。それもまたインドで。
そしてチェンナイ空港に深夜到着し、もう一人の 日本人と行動をともにする。彼はインド8回目という 猛者だ。
彼の知っているラムパストロッジにタクシーで 向かう事になった。
車窓から眺めていたが、取りあえず汚い。 空港に着いた瞬間変な臭いがしたが その臭いの根源はこの街だったのか!!!
というくらい。
道路が鋪装されておらず、ほこりがすごい。 交通ルールは日本と同じで左通行。 あとはほとんどフィリピンと同じだった。
則ち、車がこなければ、赤でも車は青同前、 割り込み当たり前(クラクションを鳴らしつつ) そして歩行者は一番弱い。その次バイク。 一番強いのがトラックとバス。
ここでも弱肉強食の世界。
そうこうしてるうちにでかい建物につくが 宿舎とは程遠い建物だ。聞くとラムパスト小学校。
タクの運ちゃんは「名前が同じやからええやろ! さあ、始めに言っとった200ルピー払え!」 と言うてくる。
「こいつら、なめてる!!!!」
8回目の猛者はそれでキレて「なにいってんだ こいつら!!!」と日本語で言ってから 連れていけと交渉しはじめたが、彼等には 通用せず、結局そこで200ルピー払って おりる事にした。なぜならインド人達が
「じゃ、正しい所連れていってやるから230よこせ」
と無茶苦茶いうてきたから!!!! そこでタクを降りて今度は原チャに荷台が付いた ようなタク(オートリクシャー)に乗る。乗用車タクよりは安い。
それに乗り今度はパレスロッジに行く事になった。 なんとか到着するも時間は11時。 チェックインするが、始め言ってた値段より 高い部屋に連れていかれる。 金払う段階で、おかしい事に気付く。
問いただせばやっぱり高い部屋だった。 安い部屋に移り、休む。
暑い。しかも蚊がすごい。 かなり噛まれた。 猛者は明日の早朝にポンディチェリーに向かうらしい。 俺は1日目でいきなりやられたので要領が分かるまで F君にしばらく付いていくことにした。 けれども緊張と暑さと蚊でほとんど眠る事ができなかった。
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