管理人の想いの付くままに
瑳絵



 死の淵で見た希望(お題:04)

完全オリジナル



 死の淵で見た希望


 手首にカッターナイフをあてる。
 震えて力を込めることができなくて、ただ、左手首だけが「早くしろ」とでもいうかのように疼く。なのに、できない。
 カッターナイフを握り締めたまま頬を流れる涙に、どうせなら血もこんなに簡単に流れてくれればいいのに、と思う。
「何、してるの?」
 びくっ、とあからさまに揺れた肩。震えて掌から、カツンと高い音を立ててカッターナイフが地に落ちた。その衝撃で刃が折れる。散った刃が、声をかけた人間の方へと飛んだのが分かった。
 ドキドキと、先ほどまでと違った緊張が身体を支配する。
 死への恐怖に振り向く恐怖が勝っていることに、思わず笑いすら込み上げてくる。どんな表情(かお)をしているのか考えるだけで足が竦む。呼吸をするのすら困難だ。
「ねえ、なに、してるの」
 一語一語区切られた言葉は何の感情も読めない。ただ、責められているのだけは第六感で感じ取った。
「死にたいの?」
 ゆっくりと近付く足音。それに反比例して速まる心臓。張り裂けそうだという表現を身を持って知った。
(来ないで……)
 直ぐ後ろに感じる気配。足元に落ちたままのカッターナイフを拾い上げるのを瞳の端に捉えた。
 長い指が大好きで、その手に触れられるだけでとても幸せな気分になれることを、身体がと心が嫌というほど知っている。忘れたくても忘れられない。
 背中に、柔らかく手が触れた。
 身体の震えが止まる。なのに、溢れる涙は止まらない。
 今すぐ振り返ってその広い胸に顔を埋めたい衝動を止められない。
「……ごめんなさい」
 呟いた声に、空気が震えた。
 触れていた背中から離れる手を、振り返って思わず引き止めた。それでも、顔を上げることはできなくて、「ごめんなさい」と、もう一度呟いた。
 掴んでいるのと別の手が、今度は髪に触れた。
「怖かった?」
 優しい色の滲んだ声に、思わず顔を上げた。
 大好きな指が、そっと頬の涙を拭う。
「怖かった?」
 繰り返された問いに、ゆっくりと首を縦に振った。
「俺も、」
 少し間を空けて、
「怖かった」
 続けられた声。触れている指先が震えているのが分かって、胸が痛かった。それでも、存在を確かめるように輪郭をなぞる指はとても温かかった。
 そっと、握っていた手を一度離して、今度は指を絡めた。
 ここに居る、そう伝えたかったし、そう感じたかった。
「俺のこと、思い出してくれた?」
「うん、」
「俺はちゃんと止められた?」
「……うん」
 死のうとした瞬間、頭を埋め尽くしたのは目の前の男との思い出ばかりで、全てを無くしたと思っていた私の中に唯一残っていた存在だった。
 手放すなんて、それこそ死んでもできないと分かっていたのに。
「死ぬ瞬間に思い描く人って、とっても大事な人で、その人にとっても君は大事な存在なんだよ」
 絡めた手を引き寄せて、力強く抱き締められる。
「置いていかないで」
 初めて聞く泣き出しそうな声。
「うん」
 力強く頷いて、更にもう一度「ごめんなさい」と呟いた。
 身体を離して、優しい動きで左手を取られる。薄っすらと残る紅い筋に、柔らかい口付けが落とされる。少しきつく吸われてそこには紅い花弁が散った。
 それはまるで傷跡にそった痛みのように、私の胸を締め付けた。
 あまりにも慣れた、その上絵になる動作に、顔に熱が集中するのが分かった。治まったはずの鼓動が更にスピードを上げて速まった。
 この上ない温もりと鼓動に包まれて、生きていることを実感した。
「死ぬまで、」
 俺の腕の中に居て。
 その言葉に、何度も何度も頷いた。



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久々更新。
04.それはまるで傷跡にそった痛みのように
またも薄暗い話(汗)
しかも、書いてる途中で前に書かなかったか?と思った作品。

何はともあれ12個目!
13個目は書き上がってますが、対の話がまだなのでできてから上げます。

2005年10月09日(日)
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