管理人の想いの付くままに
瑳絵



 必要なもの

「人が人であるために、必要なものは何だろう?」
 簡素な真っ白な部屋。その中に唯一ともいえる家具――並べられた三つのアンティークな椅子――に腰掛けた三人の男。その前に立つ一人の少女が問いかけた。
「それは、言葉じゃないの?」
 一番右端に座っていた男が答える。
「言葉?」
「そう、人として会話すること」
「じゃあオームは?」
「あれは、人の言葉を真似してるだけだろう、」
「それなら、赤ん坊はどう違うの?」
「……それをきちんと意味を理解して使えるかどうか」
「それじゃあ赤ん坊は人間じゃないの?」
「人から生まれたら人だよ」
「それじゃあ、生まれつき言葉を話せない人は?」
「だから、人から生まれたら……」
「その、人から生まれたってどうして分かるの?」
 男は、それきり何も言えずに部屋を出た。

「それは、恋をすることじゃない?」
 同じ問いに、今度は真ん中の男が答える。
「恋?」
「うん。それも遊びの恋、もしくは背徳的な恋」
「どういうこと、」
「つまり、本能に反した恋……愛かな?」
「本能に反した行動、想い」
「そう。とは言っても、動物に恋心があるかなんて分からないけど」
「……どうして、分からないのに分かるの?」
「は?」
「動物が背徳的な恋をしないって、どうして分かるの?」
「そんなの、生物学者にでも訊いてくれ」
「私は、あなたに訊いてるの」
 男もまた、部屋を後にした。

「ねえ、」
 今まで黙っていた左端の男が口を開いた」
「どうしたの?」
「君は自分が自分であるために何が必要なのか分かる?」
 逆に問いかけられて、少女は困惑した表情で首を横に振る。
「じゃあ、空が空であるために必要なものは?」
「分からない」
「うん。俺にも分からない。つまり、そういうことじゃないの?」
「……どういうこと?」
「自分のことですら分からないのに、人間なんて大きな範囲のことが分かるわけがないんじゃない?」
「じゃあ、みんな分からないのに答えてたの?」
「そうだね、みんな分からないって認めたくないんだよ」
「どうして?」
「さあ、負けず嫌いなんじゃないの?」
「あなたは、」
「うん?」
「負けてもいいの?」
「そうだね、俺にとってみれば分からないことは負けじゃないから」
「よく、分からないわ」
「それでいいんだよ」
「いいの?」
「いいの。この世から謎が無くなるなんてことはないんだからさ」
「謎は謎のままに?」
「そうだね」
「でも、それじゃあつまらないし、何だか悔しい」
「悔しい?」
「うん」
「きっと、みんなそうなんだよ」
「?」
「みんな悔しいから懸命に答えを出そうとするし、それを認めてもらいたいと思うんじゃないかな?」
「それが、あなたの答え?」
「そうだね、はっきりとした答えじゃないけど、今の段階ではそうだね」
「今の段階では、」
「うん。人も動物も植物も、この世に在る全てのものは変化するから」
「変わらないものなんて無い?」
「それは分からないけど、俺としては在ってほしいよ」
「曖昧なのかはっきりしてるのか微妙。強いて言うなら、あなた自体が曖昧すぎる」
「そうかな? ならきっと、それも俺を作るものの一つなのかもね」
「一つ」
「みんな色んなものが集まってできてるからね」
「単細胞生物も?」
「もちろん。色んな要因や物質が関係してるし」
「そうか」
「うん」
「何となく、分かんないけど分かった」
「そっか、」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
 少女は微笑む。男も笑って部屋から出て行った。



講義中の落書き……(苦笑)




2005年05月25日(水)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加