管理人の想いの付くままに
瑳絵



 純白の日―前編―

薄い雪化粧をした土の上を、白い息を吐きながら歩く。靴下を履いていても、靴の中で指先が痛みを訴える。自分が通った後の足跡に、少し寂しさを覚える。
見上げれば、雲はずいぶん晴れ、太陽も覗いている。僅かな雪が、名残を惜しむように舞い落ちる。

「・・・・っ」

雪に音を吸収されたのか、上手く聞き取れなかった言葉は、確かに私の名を呼んでいた。
私は、本来の目的である新聞の回収を済ませると、すっかり冷えた指先に真っ白な息を吹きかけ、近くの家から聞こえる子供の声に背を向けた。



「おはよう・・・、今日はいつもより早いね」

時計を見れば午前6時。いつもより30分ほど早い時間だ。
急に暖かい部屋に入ったため、手足が痺れる。

「ああ、雪のせいであまり車のスピードが出せそうにないからな」
「そっか。運転、気を付けてね」

鏡を見つめ、ネクタイを締める男は、会話中もこちらを見ようとしない。
彼は、私の夫に当たる人物だ。私より6歳年上の元同僚。結婚したのは今から5年前。世間で言う職場結婚だ。
結婚後は、私は仕事を辞めて専業主婦をしている。

「今夜は、どうするの?」

この質問をするのに、私がどんなに怯えているかなんて夫は考えもしないのだろう。
徐々に温もりを取り戻し始めた掌を、ギュッときつく握り締める。

「今夜は・・・遅くなるから、先に休んでてくれ」

(ああ・・もう、終わりだ・・・・)

私の頭の中は、その言葉に支配された。

「そう・・・」

一言、精一杯の力で返すと、朝食の支度のために足早にキッチンへと向かった。



いつもより早く出る夫を見送ると、私は片付けと掃除、洗濯を素早く済ませる。5年間、毎日行っているので要領は掴んでいるので早い。
それが終わり一段落着くと、自室へと向かった。

クローゼットを開け、中から黒のタートルネックのセーターと黒の膝丈スカートを取り出す。それらに着替え、今度は鏡台の前に座り、今朝の雪のように薄くファンデーションを塗る。唇に紅を引くと、普段は後ろで一括りにしている、ゆるくウェーブのかかった髪を下ろす。
黒のストッキングをはき、黒のトレンチコートを羽織る。その上から、対照的な白いマフラーを巻いた。

10時。外に出れば、冷たい風が容赦なく吹きつけ、髪を浚う。
雪はずいぶん溶けていたが、未だ道は滑りやすく、黒のブーツで滑らぬよう慎重に踏み出す。
太陽は隠れてしまっており、緩やかに雪が降っている。


途中、顔馴染みの花屋で、前々から注文していた花束を受け取る。その間にも雪は激しさを増し、傘を持たぬ私の髪を少しずつ湿らせる。
電車に乗り、バスに乗り継ぎ、到着したのは、誰も居ない静寂の海。
潮の香りを孕んだ風は、強くて冷たい。否応無しに私の体温を奪って行く風から懸命に花束を守り、ゆっくりと浜辺を歩く。
視界を埋め尽くす白の先に、私と同様、全身に黒を纏った男が立っていた。


「来たね」
「ええ、だって、大切な日だもの・・・」

男は近付き、腕を伸ばす。私は何の抵抗も見せず、寧ろ風に背を押されるように、その腕に収まった。
冷たさの後、次第に温もりが伝わる。

「今年も、純白の花束だ」

男が、私の腕の中で潰されそうになっている花を見て言う。
私は毎年、この日にこの場所へやって来る。両手に純白の花束を持って・・・。

「あの子は・・、真っ白だったもの。生まれることもできずに、真っ白な人生のまま、真っ白な心のまま・・・」
「それは、違うよ」

毎年思う、7年前から私が背負い続ける罪の重さ。なのに男は毎年それを否定する。

「だって・・・、俺から君を奪った」

悲痛とも取れる声。強まった腕の力に、ガサガサと花束が悲鳴を上げた。



後編へ


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今日の天気で思いついた作品。
本当は、短編部屋に収納しようと思ってたんですが、途中なので此方に。
完結したら、短編部屋に移します。

本当は明るい話を書きたいのだと言って、何人の人が信じてくれるだろう・・。




2004年01月22日(木)
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