昼過ぎ辺りから何故か突然激しい頭痛と吐き気に襲われ、今日やろうと思っていたことがほとんどできずガッカリです。 現在は少し良くなりましたがやはり重い感じです。 もしかして…ランドメーカーのやりすぎ!?(昨日の日記参照) いや、やりすぎてないはずです。だって途中でソフト止まったから。(止まってなかったらずっとやってたのかよ)
どうしてゲームが止まったのかは原因不明。プレステ1は初号機だったのでよくゲーム中に止まっていたのですが、今はピカピカの2なのに… そして1はゲームが止まっても蓋をパカっと開けてまた閉じれば大抵はまた普通に動いてくれるのですが、2は立派な機械である分そういう荒業が使えません。 こうなるとどちらがいいのか微妙なところです。 …誰か機械もしくはゲーム機に詳しい方、何故新品プレステ2でゲームが止まってしまったのか、止まった場合どうすれば元通り途中からプレイ再開できるようになるのか、私にヒントをくださいませ。 ちなみにディスクに傷はついてませんでしたよ。
話は変わって。 今日昼の情報系番組で『童話から残酷性や不平等性を排除し、現代の考え方に合わせて書き換えたものが売られている』と放送されていました。 それによれば、『桃太郎』は鬼を倒した後「宝を村の人に分け与えなさい」と諭したり、『かちかち山』のたぬきは婆汁を作らなかったり(=婆さんは死なずにすむ)、『花さかじいさん』の桜の木は切り倒されたのではなく雷で倒れたことになっていたり… それを製作した人の話では、とにかく人が死ぬとか「殺された○○の仇討ち」とかはもっての他。鬼から宝をもらって家に帰れば法律違反だし、木を切り倒すなんて環境問題への配慮が足りないそうな。 「それは改ざんじゃないのか」というなかにし礼さんの意見と「元々童話というのは時代に合わせて伝えられてきたものなのだから、現代に合わせてあげなければ子供に悪影響が出る」という製作者の討論という形で番組は進んでいました。 内容は詳しく書きませんが、なかにしさんの「今ある童話は話として優れているから今まで残っているんだ。あなたが書くのは別にいいけどそのうち消えてしまうかもしれませんよ(要約)」という締めの言葉には、個人的に「一本勝ち!」と思いました。 私が初めて『残酷さが排除された童話』に触れたのは高校生の時で、『3びきのこぶた』のラストで子豚たちが鍋に落ちたオオカミを食べる場面がカットされたものでした。元々あった『逆転現象的なブラックさ』が好きだった私はガッカリしたものです。 その程度ならまだいいと思っていたのですが、先に書いた3つの例はさすがにちょっとひどいでしょう。…と、思うのですが。 残酷さや現代に合わない考え方から子供を遠ざけようとするのも親心かもしれませんが、それを徹底してしまったら『残酷さを嫌悪する気持ち』や『書かれていることを批判する精神』が育つ機会も同時に排除することになるのではないかと思うのは安直な考えなのでしょうか? …何より話が全然違うし! これでは『そのままの話を読んだ子供』と『変えられた話を読んだ子供』の間で話が合わなくなってしまうじゃないですか。そしてその弊害はきっとあると思うのですが… 久々に語ってしまってすみません。 社会問題系統にはなるべく触れないようにしているのですが(どうしても『にわか意見』になるので)、本の話題ということもあってつい燃えてしまいました。本当はまだ語り足りません。(笑)
何故かというと…私(小学生時代)がミステリにハマった頃『小学生向けに訳された海外ミステリ』を読んでいたのですが、その後改めて大人向けの訳文を読んだ時に愕然とした記憶があります。 子供向け訳文って単なるダイジェストじゃん!! そんな私だから、元々あるものに手を加えるという行為は嫌なのでしょう。 現在では子供版も有名作家さんが訳文を書いたりして、随分面白いものに仕上げられてるものが多いようですけど。(ちょっと読んでみたいけど抵抗がある) …今の子供って恵まれてるんだかそうでないんだか。
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