7月といえば。 しょうちゃんの誕生日と、じいちゃんの命日です。 命日はわりとすぐ来る。4日なの。
そのころ、私は大学1年生でした。 食堂でお昼ごはん食べてたら、お父さんから電話があって。 帰ってくるのは授業終わってからでいいと言われたけれど、そんなの手につくはずないでしょ? 飛んで帰ったよ。 東京行って、じいちゃんの顔見たら、とっても安らかだったの。 ほっとしたの。
胃ガンがあちこち転移してて、入院した時には手遅れで。 病院にお見舞いに行っても薬のせいでほとんどわかってもらえず。 意識も朦朧としてて、これがじいちゃん?って感じだった。 点滴の管つけて、やせ細って、満足にしゃべれもしない。 もう、見てられなかった。 ショックはめちゃめちゃでかかったよ。 だからなのかな。 もちろん悲しかったけど、どこかほっとしてた。 じいちゃん、楽になってよかったねって。 それと同時に、薄情なんだけど、じいちゃんのあんな姿を見ないですむ。 そう、思ったのも事実。 だって、本当に、あれは、辛かった。 受け入れるにはまだまだ精神的に幼かったんだね。 覚悟はしてたから、あんまり泣きもしなかった。 けれどね。 家に、じいちゃんの映ってるだろうビデオがあるの。 だけどね。いまだに、見れないの…。 絶対、家族中で泣いてしまうから。
中学生の時の10月14日。 亜希が…9才のいとこが突然亡くなったときは、 全く受け入れられずに父親を嘘つき呼ばわりした。 「なんでそんな嘘言うん!?」って、子供心に怒ってた。 信じられなくて。 「そんなこと言うかアホ!」って、当たり前だけど逆に怒られた。 その時の父さんの目に涙が浮かんでて。 それで、本当なんだ…ってわかった。 その時点で床にへたり込んで、泣くわ泣く。 しばらくして泣きやんで、ふと弟たちのことが気になって。 「まさとしょうちゃんは?」と聞いたら「外」って答えが返ってきて。 外へ見に行ったら、二人でサッカーやってんの。 「あんたら、こんな時にサッカー?」って涙ながらに言ったら 「だって、他にすることないねんもん! 考えてまうねんもん、いろいろ!」 って。 弟たちも、それなりに必死だったらしい。 亜希が死んだなんて、信じたくなかったんでしょう、きっと。 しょうちゃんはそんときまだ8才だった。
亜希はね…そのとき、箱型のブランコに乗ってたのよ。 背もたれのところに足かけて立ってたらしい。 その時だった。 突然ブランコが故障して止まり、亜希は、そのまま、下に落ちて。 首の骨を折った。 東京についた時、亜希は自宅に帰ってきてて、寝てた。 きれいにお化粧してもらって、ほんとにかわいかったの。 ちょっと太めの、泣き虫で、でもよく笑うかわいい子でね。 亜希を見ても、信じられなかった。 寝てるの?って。でも私はもう中学生で。 わからないわけじゃなかったから。 涙が溢れて止まらなかった。 何度も泣いて泣いて泣き疲れたおばさんを見て、また泣いて。 おばさんは、おじさんに続いて、だったの。 おじさんは病気だったんだけど。 まさか、亜希が…いなくなるなんて。誰も、思わないもの。 娘を亡くしたおばさんは、…とても見てられなかった。
亜希が亡くなって、もう何年も経ってる。 だけど未だに、その時の記憶はありありと思い出せる。 きっといつまでたっても、あの記憶、あの気持ちは忘れないだろうな。
親しい人が亡くなった記憶は、まだ他にもあるけれど。 親族は2人。おじさんの時は小さすぎておぼえていない。
あれ、なんでこんな話に…。 あ、じいちゃんの命日の話からか。 七夕近づいたら、夏の盆踊りが近づいたらじいちゃんを思い出す。 盆踊りが大好きでね。本の虫だった。 私の本好きはじいちゃんに似たのかもね。
亜希が亡くなったときね。 なんかがぽっかり空いたかんじだったの。 虚無感ていうか… この先、きっとこの感覚を覚えることも増えていくんだろうなぁ。 年をとれば、とるほどに。
思い出したことをつらつらと書いてみました。
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