徒然なるままに…
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今日は着物を着てお茶のお稽古。 心身共に疲れ果てた…。
その後、先輩と久しぶりに晩ご飯を食べに行く。 2、3時間ほど色々と話をしていたんだけど、かなりの収穫あり。 収穫と言っても、先輩から一方的にというのではなく、先輩の絶妙な合の手に助けられて私自身から生まれた収穫。 人と話すことによって(つまりは伝えたいという意思によって)漠然と考えていたことが明確になる。 全く言語化しようとも思っていなかったことが、至極当然のように、言葉として出てくる。 言ってから、自分でハッとする。 自覚している以上に、私は深いところまで考えていたらしい。
ほぼ日刊イトイ新聞に連載されている、山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室。」がすごく好き。 ここに書かれていることってすごく大事だと思う。 他の人にとってどうかはわからないけど、私にとっての「充実した人生」の断片が、ここに書いてある。 というか、「あぁ、こうありたいな」と思えることがたくさん書いてある。
おとなの小論文教室。を読みながらふと思ったけど、私が宗教を嫌う理由は恐らく、 宗教によって、人はある面で「考える」ということを放棄するから。 これってすごく恐いことだと思うんだけど。
軽薄に言ってみると(軽薄に言ってみる必要なんてないんだけど)、 「迷える子羊でいいじゃーん。迷うって別に悪いことじゃないじゃーん。」 てな感じ。
先輩と喋っているとき、疲れているはずなのに、何故かものすごく頭が冴えていた。 たぶん、お茶のお稽古は頭を使わないから、その反動。(今日は普段の二倍くらいの長丁場だったから。) ああいう状態ってなかなかないんだよなぁ。
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