徒然なるままに…
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2006年11月17日(金) 思いつきで。

他人の存在を介して自分の存在を確認することは、よくあること。
もしかしたら、他人の存在を介することによってしか、自分の存在なんて確認できないのかもしれない。
でも、私が(たぶん)望んでいるのは、他者を介さない自己確認。
自分の中で、自分の存在を確認したい。
極端に言ってしまうと、「自己=他者以外」「他者=自己以外」なんていう意味のない定義はしたくないということ。
そう定義したところで、一体何が分かるというのか。
いや、分かることもあるかもしれないけど、それは私の求めているものではない。

私のありのままの存在を、そのまま受け入れてくれている人が、わずかだけれどもいる。
わずかでもそういう人がいるというのは、それだけでも素晴らしいと思う。
でも私にはそれだけでは足りなくて、その人にとって自分が一番の存在であることまで望んでしまう。
無理な望みだとは思うけど。(でも叶ったことはある)
何故私はこのような望みを持つのか?
うーん、それはたぶん、他者を自分の一部にしたいからかな。
「あなたの心の一部を私にちょーだい」って言ってるようなもんだよ、きっと。
そうすることで、結果的に自分の存在の確実さが増す。(あくまでも結果的に、であって、これは目的ではない)

でも、ありのままを受け入れてくれる人(しかも、私が望むような形で)って、
いても結婚してたり彼女持ちだったりすることが多い。
それ自体は別にいいんだけど、何ていうか、私の望みが果たされた場合、そのプラトニックな関係って何なの?と。
心地良いんだけれども、負い目を感じてしまう。
お互いにしんどくなってしまう。
そういう人が人生の伴侶になり得る人ならいいんだけど、結婚してる人とかだとそういうわけにもいかず。

兄も私をありのまま受け入れてくれる人の一人なんだけど、兄の場合は「家族」だから
特に兄の恋人に遠慮することもなく、そういう関係が築けた。
でも結婚してしまうと、やっぱりちょっと寂しいけど。


何だかよくわからないな。
色々と頭の中で考えたことを文章にすると、自己矛盾に気づくんだけど、
それは異なるレベル(というか、層?)にある事を、同じレベルでごちゃまぜにして言ってるからだと思う。
なんて「いかにも」な事を言ってみたけど、矛盾してたっていーじゃーん、というのが本音。
理由なんて後からいくらでも付けられる。


たまには頭の中を(ほぼ)そのまま文章にしてみるっていうのもいいよね。
(読んでる人は訳が分からないかもしれないけど、これ、私の日記だし。)


ところで、兄の結婚式は無事終了。
見ず知らずの人にまで祝福してもらったり、というなかなか良い結婚式だった。
私はどうやら、兄の奥さんを既に家族として認めているようで。
というのも、家族と喋るときだけに使う変な言葉(他の人がいるところでは絶対喋らない)を
兄の奥さんの前でも普通に使えたから。


ふぅ。


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