.第7話:「やさしいキスをして」 ◆Side:Toko)

 「瞳子ちゃん、おかえり!」
 7月中旬。
 土日+会社からもらった3日間の休暇を利用してあたしは故郷の町へ帰ってきた。
近くの駅まで、幼なじみの美和子が迎えに来てくれる。

「いつもごめんね、美和子」
「いーよいーよ、子供迎えに行くついでだもん、気にしないで」

 家へ向かう道すがら、久々に会った美和子とおしゃべりが弾む。
後ろの座席では、美和子の一人娘・真音(まお)ちゃんが、すやすやと寝息を立てている。

「今、梢ちゃんも帰ってきててさ。瞳子ちゃんが帰ってくるならみんなで飲もうって。」
「あたしはいいけど・・・真音はどーするのよ?」
「うちは…来週ならだんな早番だから見てくれるってさ」
「まあ、桑原なら何も心配いらないよねえ…」
あたしは美和子のだんな・高校時代からの同級生桑原尚登の顔を思い浮かべる。
…確かに嫁ラブで娘バカの桑原なら、子供と留守番させたってなーんも心配しないよなあ…。
そういうわけで、明後日の夜、高校時代の仲間たちと飲み会をすることになった。

 家に帰り、荷物を降ろし、まずは仏間へ。
 写真の中の姉は、はかなげな、いかにも繊細そうな柔らかくやさしい笑みを浮かべている。
同じ姉妹なのに、どうしてこうもちがうんだか…そんなことを考えながら線香を手向け、手を合わせて、姉に帰郷の報告をする。

 居間に戻り、両親に土産を手渡しつつ、近況と明日の姉の法要の段取りを話す。久々に会う両親は、元気ではあるもののまたひとつ年齢を重ね老いていくのが見て取れて、なんだか目があわせづらい。
 姉が7歳上だから、同級生の親の世代からするとうちの両親はだいぶ年上の方になるのだが、やっぱり「老けたなあ」という印象が拭えない。

 明日で姉がいなくなって丸3年。
 見慣れた街の風景も、年を重ねていく両親も、残酷な時間の流れは生きているものすべてを何らかの形で変えていく。
なのに、姉は、永遠に28歳のままなのだ…。

 翌日・姉の3回目の命日。
 去年の三回忌で大々的な法要をやったので、今年は都合の会う身内だけで寺に行き、その後家で食事会、という段取りのようだ。
 食事会といっても料理はほとんど仕出のものなのでさほど忙しくもない。事前の準備といえば掃除と人数分の飲み物などを用意するぐらいだ。

 朝十時。
 あたしと両親は牧島家の菩提寺へ行く。
 すでに何人か親戚連中が来ていて、その集団から少しはなれたところに、
なんだか居心地悪そうに『彼』がいた。
「佑哉さん、そんな所にいないでこっちにいらっしゃいよ」
母が義兄を手招きして呼ぶ。

 「やあ、瞳子久しぶりだな…」
 一年ぶりに会う義兄・本並佑哉は、見た目はそんなに変わらないが、
昔の、あたしたちが生徒だったころの、彼を『兄貴』と慕っていた時からするとオーラというか人としての輝きが少し弱まっているような気がした。
 やはり、最愛の妻を亡くしてしまったということが、彼から色々なものを奪っているのかもしれない。

 「瞳子もう24だっけ?ますますいい女になったな」
社交辞令だとわかっていても、やっぱりどきどきする。
彼の態度が義理の妹に対するものだとわかっていても。

 7年前に彼が結婚したのを境に、忘れないといけないと押さえつけていた感情がちらりと顔を出すのがわかる。
これ以上そばにいると、なんだか息苦しい…そんな気がして、彼から離れて
近くにいた従兄弟たちのところへ挨拶に行く。
意識しちゃいけない、気にしちゃいけない・・・そんなことを呪文のように心の中で繰り返しながら。

 寺での法要も無事終わり、家に戻って食事会がはじまった。
 親戚たちの相手をしながら、やはり居心地悪そうに座っている義兄のことが気になる。
彼は所詮「親戚の娘婿」。その娘がいなくなってしまえば、何の血のつながりもない彼に、親戚連中もどう接していいかわからないのだろう。

 親戚たちが帰り、両親とあたし、そして義兄は片づけを済ませた客間であらためて4人だけで向かい合う。
 出された茶をすすりながら、雑談をしていた父が、不意に義兄に向かってこういった。

 「…佑哉くん、今日は来てくれてありがとう…君には瑶子も瞳子も本当に世話になって、体の弱い瑶子の面倒も最後まで見てくれて…瑶子がいなくなってからもこうやって来てくれて嬉しいよ。」
盛んに恐縮する義兄。
でも、と父は一呼吸置いてこんなことを言い出した

「でも、いつまでも瑶子に、牧島の家に縛り付けられなくてもいいんだよ。
君には君の人生がある。君はまだ30そこそこ…いくらでもやり直しはきく。
もしも、君に瑶子以上の相手が現れたら瑶子や私たちのことは何も考えなくていい。
瑶子の変わりに…いや、瑶子以上にその人を幸せにしてあげなさい」

 …父の言葉に、どきりとした。
 そうだ、今はそうでなくても、人の心がいつまでも変わらずにいるとは思えない。
 義兄が姉と知り合って十数年、彼はいつだってあたしたち家族の傍にいたからそれが当たり前のように思っていたけど、彼の心に、姉以上の人が現れないとは限らないのだ。

 そういう存在に彼がめぐり合えたなら、彼がその人を選んだら、彼は牧島家とは何の関係のない人間になる。
 姉が死んだ今も、彼にそういう存在がいないことで辛うじてつながっているあたしたち。でも、そのつながりがぷつりと切れてしまうことだって、十分にありうるのだ。


 …そんなの、嫌だ。
 理屈とか理性とかそんなの関係なく、あたしの中の本能がそう思わせている。
彼が姉を忘れられないのも見ていて辛いが、
彼がいつか姉以外の女性を愛するのなんて、見たくない。

 実家とは距離を置いていることで保てている冷静さ。
 でも、彼が人のものになっても、年に一度しか会えなくても、ひとたび彼と接すると嫌というほど気づかされてしまうのだ。。



 あたしの彼に対する感情は、どんなに取り繕っても「恋」でしかないということに。

2004年09月11日(土)


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