| 2006年01月21日(土) |
今と昔と(長い日記) |
雪は降らなかったですよ。 よかったあ。 もぉ、いいでしょ・・。
昭和50年代後半くらいだったかな、、 まだ小さすぎて 自分の記憶があまりない頃の写真。 建てかえる前の我が家の前の 広場みたいなところに、 大人の背をゆうに越える かまくらが作ってあった。 かまくらの前には おっきなシャベルが突き立ててあって、 白いウサギの毛糸帽(目は赤い)とか チョッキとか、はんてんなんかで ぬくぬとした格好の ちっちゃゐ子供…すなはち、 私たち姉妹が映ってたりするのです。
東北のほうの豪雪の様子を テレビで見たりすると、 そのころの写真の様子が何とはなしに 浮かんでくるのですが、 山陰地方はそんなに雪深くはなく、 あんなに雪が積もったことも 近年ないです。 あんなだったらどうだらうかと思う。 仕事に行くのだけで 肩凝って疲れそうだなとか思うけど、 自分が子供だったら、 ひたすら遊ぶだろうな。 楽しいって思うだろうな。 親もじーちゃんたちもみんな農家なので、 雪の日は家に居て、 そりゃあ農作物の心配はしただろうけど、 子供が遊ぶから 一緒にかまくらとか作ってたんだろうなぁと思うと、 なんか、ええなぁ。 会社勤めだと、 雪でも台風でも、 月曜は月曜日で出勤だもの。
自分でそんな自覚はなかったけれど、 最近冷えがひどいことに 気づいてきたのです。 夜、ふとんに入ってから 足や手が冷えて、 ただでさえ寝つきが悪いのに、 輪をかけて眠りに入れないのです。 そこで登場したのが これもすごい年代物なんだが、 子供の頃つかってた 電気あんか。 裏の文字なんかすごい昭和だ。 赤い電気あんか。
温度を調整するつまみは 本体についてて、 むかしこれを足の指でぐりぐりして、 指がつりそうになったり してたけど。あはは。 しかし本体に電源がついてなくて、 コンセントを抜かないと 電源が切れないという・・。 あったまって眠たくなってきたころに コンセントを抜きに、 出来上がったふとんから 一時抜け出さなくてはならない・・。 一晩中つけておくのは なんだか省エネではないしね! それでもまぁ余熱で 随分持ったので、 たいへん助かりました。 ありがとう、電気あんか。 手の冷えは、 太もものあいだに挟んで解消。
年代物、といえば、 これも年代物と言えるかも。 中学校に入ったときに、 これからは早起きせんと いけんくなるやろ、と、 親が買ってくれた目覚し時計。 このHPにも写真UPしてるやつですヨ。 中学高校、大学時代も下関に 持っていってた目覚し時計。 私の身の回りにあるもので、 もしかしたらいちばん長く 使ってる、ものかもしれない。 空気みたいだけれど、 改めて考えてみると すごい大事なもの。
その目覚し時計、 時計はちゃんと動いてるのだけど、 目覚ましが時間通りに 鳴らなくなってしまいました。 今朝は設定時間の30分あとくらいに 鳴って、あぶないところだった…。 アラームの音も途切れ途切れで、 寿命だらうか。 なにせ15年は使ってるので…。 白色は色褪せて しまってるけど。 なんだか切ない。 でもケータイのアレは あんまり好きではなくて、 あ、ケータイのアラーム。 新しい目覚まし時計を買おう。 でも目覚ましの機能は使えなくても、 時計の機能がなくなるまで、 使おう。
今日は仕事が終わったら、 カラオケサークルだい。 かってにサークルにしてしまう。 そう思ってるのは私だけ。 気分転換と何にも考えない時間を。
あのね、何度も繰返して わかっているようなことだけど、 落ち込んだり、舞い上がったり、 きっかけは大きいこともあるけど、 何でもないような小さいこともあって、 スイッチが入るのは 驚くほど簡単だったり、 そうもいかず、 手強いほど、がんこちゃんだったり。 ほんとうにその繰り返しの日々だけど、 あんまりに繰り返しすぎると、 こころの消耗が激しくて、 なんだかうれしいときでさえも、 抜け殻のように感じてしまうよ。
このまえ道の駅のロビーを掃く T字ほうきの首のところが、 金属疲労でぽっきり折れてしまったみたいに、 いつか粉々になってしまいそうだよ。 イメージとしては、 傷口が固まって、 かさぶたになって、きっぽになって、 かたく強くなる、 というのがよいんでしょうが、 私は磨り減っていくようだよ。
それでも、楽しいことがあったら笑える。 楽しいことを予定表に押し込むこともできる。 無理をしてるわけじゃあないのに。 と、思っているだけで、 消耗しているだけなのかもね。 でも何をどうしたらいいかわかんないよー。
雪が降りそうな空になってきた。 やっぱり、降るのかなぁ。 今日は事務所にひとりで、 ストーブも消されて寒いです。
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