まだ、やってます。
今日も、かいこさんの日記。

2005年11月26日(土) 猫と愛情

朝7時は…
うす闇残る冷たい冬。

うちの横の畑で梅子が朝のひと遊び。
根菜類の葉の上をぴょんと飛んで、
畝から畝へ。
遊んでいる。
うす暗い朝。
その様子がなんとものんきに映って、
でも梅子は神経質そうな顔で、
坂の下からこちらを見てた。

猫のとりとめのない行動線。
放浪するかと思えば、
足元にまとわりついてねだる。
その落差がたまらなく
愛しいのだろうと思う。
犬は家族みたいな愛情。
猫は…不思議な存在デスね。


さて、車で出かけると、
道の隅にうずくまった枯葉を
巻き上げて走る、
情緒ある季節。
ふとした瞬間に、
暗い空から枯葉が舞い降りてきて、
バックミラーを覗けば
渦を巻いて、そしてまたうずくまる。
今朝は海沿いに出てもまだうす暗い空で、
見島のほうやその向うは
雨のような帳が降りている。
牛さんも寒かろな。

12月にはフィルムのままの写真を
なんとかできそうです。
やっと。です。
ロモの電池は切れたままで、
同じ形の電池も見つからないままですが、
ペンタックスでもなんでも、
写真をまた撮れたらなぁ。
最近は車のときも歩いているときも、
写真に撮りたいと思うことが
多くなってきたので、
そろそろ鬱憤晴らし頃?
の模様なのです。
撮りたいものは決まってる、
空と雲と枯葉なのです。

こころの中にしまっておけば
よいものを、
いつか壊れてしまう形にしてしまい。
偶像崇拝ですかな。
いつか壊れてしまうけれども、
私はこの小さな四角の枠が
愛しくて大好き。
で、撮り続ける。
人間が造ることができないものを撮る。
ときどきぱったり止めることもあり、
また急に始めることもある。

誰にも知られることがなければ、
永遠に知られないけれど、
日記をこうして書かずには
いられないのと同じみたいに、
写真に納めてしまわないと
いられないのだわ。
自己完結的なことです。
不思議ですね。






ミワコが今週京都に行ってきたみたいで、
おみやげがとどいてました。
京都といえばよーじや、
よーじやと言えば油取り紙、
油取り紙といえばおみやげ。
先日よーじやカフェにいるよーと
メールが入ったので、
これはおみやはぜったい
油取り紙や、と思って、
取る油もないから油取り紙以外がええです、
と返事を送ったら、
よーじやの京都らしい
はんなりした栞をおみやげにくれました。
あはは。わがままゆってスミマセンでしたが、
今文庫本読んでるから(なかなか読み終わらない)
ちょうど栞ほしかったんどす。
それにしてもちょうど
紅葉がきれいだったでしょうね。
京都いってみたいなぁ。












スピッツのおすすめは
流れ星
スピカ
遥か
デス
と言って、
自分でも聴いてみる。
憧れでも何でも好きで、
私はずっと片思いだわ。
それでもいいんデスから。
それ以上もそれ以外も
なんにもできない。


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