今日は、お義父さんの命日です。
お義姉さんとその長女Rちゃん(つまりのりくんの姪っ子ですね)が来て、一緒にお墓参りをしてきました。
Rちゃん、明るくてあっけらかんとしていてさばさばした性格なんだけど、お墓の前で手を合わせながら急に泣き出しちゃった。
お義姉さん曰く、
「手術の時にSちゃん(お義姉さんの長男)を呼ばなかったのを、Rちゃんは今でも怒ってるんだよ〜。」
と。
そう、あれはちょうど10年前の今日。
お義父さんの死は突然やってきた。
しばらく前から原因不明の足のしびれを訴えていたのだけど、どこで診てもらってもはっきりとした診断はつかなかった。
そうこうしているうちに、足のしびれは次第に指先からふくらはぎ、足全体へと進んでいき、このままでは麻痺はどんどん体全体にまわっていき車椅子生活を余儀なくされるだろうと言われていた。
手術をしても治る確立は50パーセント。
それはそうだ、だって原因が判らないのだから。
周りは手術に反対した。
元々お義父さんは狭心症を患っていたから。
わざわざそんな手術なんてしなくても、車椅子になったってなんだって、面倒はみる。
家の改造だってしたっていい。
だけど、お義父さんはしたいと言った。
「きっと、車椅子になって自分独りでは何もできなくなって俺や奥さんになる人に迷惑かけるよりも、ここで手術をして50パーセントでも治る可能性があるのならそれにかけてみようと思ったんだと思う。」
と、のりくん。
治る確立50パーセントだけど、命に関わるような手術ではなかったはずだった。
だからSちゃんはおろか、アメリカのお義姉さんすら病院には呼ばなかったのだ。
―しかし―
お義父さんは帰らぬ人となった。
術中に容態が急変したらしい。
背中が開いたまま心臓マッサージをしたらしい。
「もしかしたら、本人だけは薄々分かっていたのかもしれない。でも、それでも、手術したかったんだ。あの親父さんの事だから、周りに迷惑かけるくらいだったらいなくなったほうがいい、位に考えていたんだろう。」
形見となった財布からはニトロが出てきた。
肌身はなさず持ち歩いていたとはのりくんでさえも知らない事実。
そこまで狭心症が悪いとは誰も知らなかった。
本人以外は。
「おとうさん」
と呼ぶには年が離れすぎているけれど。
実際、お義父さんは私のおばあちゃんと同じ年齢なのだけど。
「おとうさん」
そう呼びたかった。
私は本人の前で一度もそう呼ぶことはできなかった。
電話の取り次ぎをしてもらったことが何回かあっただけで、まだ挨拶さえしていなかった。
付き合って間もない頃だったから仕方が無いといえばそうだけど。
だけど―!
私にはそれが悔やまれて悔やまれてしょうがない。
きっと、俺たちのこと見てくれてるからさ。・・・いや、俺たちの事なんか見てないか、孫のことで精一杯かも!ハハハ!」
と、のりくんは笑い飛ばしてくれるんだけど。
お義父さんのことを考える時、私はどうしても、
「ああ、どうしてあの時きちんと挨拶しておかなかったんだろう・・・!」
って、自分を責めたくなっちゃうんだ。
だからせめてお墓参りだけはちゃんとしたいって思ってる。。。
Rちゃんも、おじいちゃんにとって初孫で、とても可愛がってもらったのを感じていたから、おじいちゃんのことをとても大切に思っているんだろうな、今でも。
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