
互い拾われ 救われた蜜月(ひび)に もたれ掛かり 沈む夢を・・・
ってほんとこの歌
もう神かと。。
こないださやさんから音楽もらってその中に柴咲の「合わせ鏡」ってのがあったんですけど、 これまじですげxgふぇええええええええええええ!!!!!
ちょ、ま・・・・ゲフフ
ベスト・オブ・九弁ソング粉雪と並ぶんですけどおおおぉぉお!!!
ゲフフ・(※NOTズッキー。笑)
※ここから先は歌詞検索サイトで合わせ鏡の歌詞をだしながら読んでいただ くと幸いです。ちなみにこれ弁慶視点。
「互いに拾われ」ってところがもう・・・さぁあああ!! だって九郎も弁慶も捨てられたってところがあって(九郎はそうでもないけど)、だから二人は五条大橋で出逢ったんじゃなくて、そう、お互いを「拾った」んだ・・・・・!って感じで!!! 弁慶は生きなくてはいけない為にわざと落としてきた、綺麗な部分を(生きなくてはいけないのには必要ないけど、生きるには必要)そこで拾って、九郎は生きるのに必要な、いわば綺麗事や絵空事以外のものを五条で拾って・・・・・みたいな。
互いが互いを拾って、もたれ掛かって、救われて・・・ しかも蜜月(幸せな時間)って書いて日々って読ませるんですよね。 弁慶にとって九郎と出会ってからは、たとえどんな咎だろうが罪だろうが、人を殺そうが騙そうが、それは九郎の幸せの為で、その為ならどんなことでもできるって思ってて。 自分は顔もみない大勢の誰かを不幸にしても、目の前の九郎の幸せを掴めればいいんだって、そう思えていると思っていたんですけど、弁慶は優しすぎるから、そう思いこむ強さも少しずつ崩れていくんですよ。 今までは転び方も忘れるぐらい九郎って存在に縛られていて、(というか、この場合、引力・重力に縛られるって感じです)・・・なんですけどどんどん嘘が落ちていって自分を騙せなくなってきている、みたいな。そんな一番。
弁慶は九郎が生きていればいいんだって、冷酷な判断をくだせるような人じゃないんですぉおおおお!! 九郎が生きるために自分が死ぬって選択はホイホイするんですけど、九郎の為に誰かを駒になんて絶対しない。 何故なら九郎は弁慶の綺麗な部分だから、綺麗な部分を綺麗事で守りたくない。守るなら自分で守りたいんですよ。
で、九郎と弁慶は似ている鏡のような存在であって・・・でも二人は同じだけど違う部分をおいてきているから、あわせ鏡のような存在で。 同じだけど違う九郎が映すのは、弁慶が今までおかしてきた咎で罪で、その為に遠い存在に、九郎が遠い存在に思えてきたり・・・。
そして二番の 「君の存在は一縷の希望(ひかり) 心焦がれ 離れる理由 時を流れる雲に似て 愛は姿を変える 揺るがぬ想いのまま」
号泣。。。
何だよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!
死ぬほど大好きで側に痛いのに弁慶が離れるって・・・もう、おま・・ もう全ての遙か3シリーズに関係あるけど、やっぱりこれ十六夜記だろ・・・ いや、通常でもいいんですけど、通常は弁慶は九郎を信じてるじゃないですか。 いや、信じてて全然いいんですけど、弁慶にとって自分が最後に死ぬってことが最終目的のような気がするんですね。 そうなると十六夜記が弁慶の自己満足の思い描いてた通りのEDなんじゃないかなーって思うんです。 九郎を生かすためにいろんなことをしてきて、沢山の人を殺して苦しめてきて、それを全部忘れて暮らすことなんてできなくて、というか、それにまた苦しんで生きる事が耐えられないと。 一種の逃げ道で死を選ぶってことになるんですけど、でも弁慶はそんなことまで考えたくなくて・・・だって生きることが一番の償いって事知ってるんだからあの人。(お前誰だ) ・・・ということで、自分は九郎の為に死んだんだってそういう、最後の我侭がほしかったんですよ・・・・・・
ってやっぱり語ってる間にまたわけわかんなくなってきた。
おおおおお、今日はお知らせ書こうかと思ったんですが、駄目だった・・・! ブログに明日書きます〜〜〜!
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以下九郎の自分的新設定
九郎も別にただまっすぐに生きてたわけじゃなくて、本当はあるべき汚い部分もあるけどそれを何処かに押しやって、「自分がいい子だったらいつか迎えにきてくれる」みたいな、思い込みっていうか・・・自分ルールみたいな事続けてて、それを妄信するが故にまっすぐに生きる機械みたいな九弁もみてみたい。 けど、この話だと九郎が太陽じゃなくなるんだよなぁ・・ 弁慶は九郎のこと救いじゃなくて、哀れみで一緒にいてあげているような感じなっちゃんでそれはそれでなんか嫌だなぁ・・・。むずかしいぜ。
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