秋の奈良は普段は見れない仏の特別拝観がいっぱいある。 きのうも一年に1回だけ開扉される東大寺勧進所の、国宝僧形八幡神坐像と五劫院の重文五劫思惟阿弥陀如来坐像を見てきた。 大仏のほうは観光客でイッパイだけれど、ここは比較的ゆったりしていて友達は「もう1回、見てきていい」 と 踵をかえした。 鎌倉時代の快慶の作だそうだけれど、今なお色鮮やかな彩色を残していて 「怒られてきた」 と言う友も心に何かを抱えているのだろうか・・。 さらに「しっかり生きよ」 とも言われたとかで、それを聞く私もいろんな思いを吐露したくなる。 でもきょうは語るまい。
来年早々からの平城京遷都1300年祭に合わせて作られていた大極殿も、完全に足場やらの覆いが取り除かれてその優美な姿を見せてくれている。 朱雀門と並べば立派な奈良の都だ。 その大極殿の額装は長屋王の筆によるものだということで、それをしっかり見たいものだと心は逸る。
秋の日の 仏の顔は憂いあり
薄日さすお堂におわす 仏かな
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