87歳で亡くなった父は 自分が親の年齢に達したとき これから先はもういつ死んでもおかしくないのだと思い 年賀状を出すことをやめた。 戦争から帰ってきて勤めた会社で停年を迎え そこから年賀状だけのお付き合いの方もおられたようだけれど 友人というものを持たなかった父ゆえにそれはあっさりしたものだった。
今年はやけに喪中欠礼も多かったし 何やかやと気の滅入ることばかりで 年賀状書きもなかなか進んでいない。 私が父のように年賀状を止めてしまうことはまだ出来ないけれど 最近やけに父や母のことばかりが思い出される。 年末になったら父が上手にふすまや障子の張替えをしていたことや 母の作るおせち料理がなつかしくてならない。 どれもこれもなつかしいひとコマなれど すべて過ぎ去ったこと・・
父の子と 思うことあり我ゆえに
もう一度食べたい母の小豆粥
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