ものかき部

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「 白皙の君�次 �
2007年03月01日(木)

 職場の引越しに現れた白皙のあなたは、フリースにジャージという服装だった。
 赤と黒のフリースに真っ青なジャージ、カラフルな色に普段の繊細なお洒落が吹き飛んでいた。「頑張ってね」と普段通り優しい、そして誰にでも優しい声を掛けてきてくれるのは一緒、けれど、落ち着いたスーツからは想像も出来ないくらい黙々と1人で動き回るあなた。上司は、煙草を呑まないと、辞められないといい訳が当たり前のように言い放って半分はサボっている。あなたはそれが夏の澄み渡る青空に、ポツリと小雨でも降ったかのように全く気にもしていない。黙々と動いて大きいものを動かしていく。上司の準備不足を責める事も一切なく仕事を探し掃除をし、上司の領分を動かさないように慎重に。それはまるであなたの普段のスーツの繊細なセンスが、そのままそっくり体を動かすことに移ったかのよう。
 私はまた一つあなたを見たような気がしました。私はまた一つ新しいあなたを発見しました。何か新しい場面に出くわすとあなたは新しい面をみせてくれる。
 上司などいつもと同じしゃべり方で、同僚の女の子はトイレに駆け込んだり、長い長〜いお使いに行ったり、男の人は煙草休憩や眺めているだけだったり、女の仕事だろうなんて仰ったりする。夜の慰労会を何処に行こうかなんて話し合ったり、ここぞとばかりに趣味の話を繰り返したりしている。

 集合の1時間前の7時に集まって5時終了まできっちり働いたあなたに私はもう一度声を掛けてみようと思い立った。慰労会で掛ける言葉を何度も何度も心の中で反芻(はんすう)して、ドキドキを増加させていった。あたなの顔を思うと冬空の下でも頬が熱くなるのが分った。
 けれど、あなたは来なかったわ。「何だか用事があるんだって」という言葉を私以外の女子職員に伝達していった。多分あなたは「幹事だから」というのに決まっている。私の頬はちょっぴり落ち込んだ。多分こうやって頬は落ち込んでたるんでいっておばあちゃんになっちゃうんだわ。自棄酒(やけざけ)でも飲もうと思ったけれど、フラフラと遊んでいた同僚の話や、煙草を満足そうに吹かしている上司をみて、馬鹿らしくなってしらけてしまった。トイレ、と言ったっきり肩掛けポーチをもって、とぼとぼとあてもなく歩いていた。
 気が付くと引越し先のビルの並びに来ていた。幅10mの大きなどっしりとしたビルや4mの小さなノッポのビルが並ぶ、ちょっと外れのビジネス街は広い歩道に浸水性のタイルが可愛く敷き詰められている。車道側には街路樹もあって自転車も歩行者もすっかり夕暮れの隙間風の中をゆっくりとすら歩いている。腰の折れ曲がったストールをぎゅっと被ったおばあちゃんにつられて視線を上げてみれば、少し先の3階から蛍光灯の白色光がもれていた。
 ああ、と私はため息をついて、ついでに涙もほっぺについた。
あの引っ越したばかりの3階にいるのはあなただろう。ううん、あなた以外にいるわけがない。5時だからと完全に終わっていなかったのだったから。1つのことに熱中し出すと徹底する性格たっだから。そしてそれは賞賛が欲しい訳でも自分が成長したいからでもないのも私には解っていたのに、ほんとうに解っているつもりだったのに、あなたを私は心の底で理解していたんじゃなかったんだ。
 ボタボタとつく涙という液体が、頬の体積も重量も増やした。もう、肝油のようにブチャブチャと噛めば音がするかしれない。真下まで来て見上げてもあなたの蛍光灯よりも白い繊細な肌は見えない。そう、もしあなたの仕事が終わって涙を流してグチャグチャになった私の顔を見て同情で抱きしめてくれたとしても、決してあなたの白い肌には触れられない。もしあなたの仕事が終わって化粧をドロドロにした化け物のような私を見ても心からの愛情で抱きしめてくれたとしても、決してあなたの白い肌には触れられない。
 だって、私はあなたの白い繊細な肌の尊さを知ってしまったもの。害にしかならない煙草や化粧やおしゃべりや酒の馬鹿騒ぎやくだらない趣味で自分を可愛がるだけが人生の目的とは思っていないのに、まさにその通りにしか行動していない人々にはもう戻れないもの。悲しい時に泣き、苦しい時に眉を顰(ひそ)めて耐えるような純真さをこのビジネス生活の中に置き忘れてしまったもの。
 あなたに無遠慮に関わっていく横暴さもあなたと対等に接しながら女として触れ合えるものを持っていないのだもの。あなたは「それはいらないし、気にしなくて良いよ」と言ってくれたことがあったけれど、やっとその意味が解ったの。私はビルの階段を上がってあなたと一緒に月よりも明るい蛍光灯の下に立つことも出来ないし、安居酒屋に戻って与太を飛ばすことも出来ない。あなたは決してこの場所まで降りてこない人だし、降りてきたらあなたではなくなってしまう。あなたは「ビルの3階と1階でもいいよ、きにしなくて」と言ってくれたのだった。そしてそれは今日1日の行動で充分、行動で判ってしまったの、他人からの賞賛も自分の進歩よりももっと深い喜びを持っているあなたを。

 カーストといういい訳も人種も文化も、生活や行動とも違ってあなたとの立場の違いをはっきりと知り、あなたの白い肌の繊細をやっと知る事が出来たように思ったの。
 靄(もや)は吐く白い息でさらにはためきゆらめくけれど、私は底冷えする6畳に帰ろう。そして自分自身のために思いっきり美味しい料理を作ろう。そして一緒に食べてくれる人を探そう。その人は1階の私の部屋に入ってくれる人にしよう。

 鈍感だったら肉欲だけの馬鹿だったら、繊細だったら一徹ものの馬鹿だったら。
 いいえ、私はあなたに出逢えて幸せ。その繊細な麗しさと私自身を知れたのだから。
 有り難う。
 部屋に帰ったらまず世界に、そして次にあなたに手を合わせることにします。
 トボトボ と ゆらゆら と帰りましょう。


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