僕は、最高に格好いいおとうさんのひげがなくなったのを1回だけみた。
いっつも朝は起きるの苦手なんだ、もんのすごく。
起きて台所に、ポテポテ歩いていくとお母さんがいなくておとうさんが「おはよう」って替わりに言ったんだ。
おかあさんは、美人だ。とても自慢。
「長い黒髪が自慢なのよ」っていってたけど、授業参観の時一番目立ってた。
オレンジのスーツにきりっと宝石をしてて、雄太くんのおかあさんはカバみたいだったんだ。
雄太くんも「お前のかーちゃん美人だな〜」って感心してた。
でも、朝弱くて時々ベットに寝てるんだって。
そんな時はおとうさんが朝ごはんを作ってくれる。
メニューは決まってて、トーストに目玉焼きとトマト切ったやつにコーヒー。
コーヒーは苦くて飲めないけれど、おとうさんは楽々と新聞を読みながら飲んでいる。
おとうさんのようになりたいからがんばっていっつも飲むんだけど、学校に行く間にゲップがてちゃう。
そんな朝が多くなったある日の夜、おとうさんが早く帰ってきてた。
塾が終わって10時に家に帰るんだけど、もうおとうさんのくつが玄関にあったんだ。
年に何回もないから、おとうさんの話を聞こうって思って声をかけたら、何だか眠そうなはれぼったい顔をしてた。
驚いたのはひげがなかったってこと。
「お・・・ぉ・・さん・・ひげ」
声が出なかったんだ。
「ひげ・・・ないね・・・」
って言ったらおとうさんは、答えなかった。
何か悲しくなって、
「おとーさんのひげ。ひげひげひげ」
って半べそかちゃった。
そしたらおとうさん、何だか困った顔をして、その後ちょっとずるい顔をして、笑顔になった。
「そう・・・ひげはね。・・・・おかあさんの供養のためにそったんだよ。」
「くようって何?」って思わず聞き返した。
「くようってのは、死んだ人へのお供えものをすることさ。田舎に帰った時仏壇に手を合わせてお菓子とかあげるだろう」
「え・・・・・え?? えーと、じゃーおかあさんて・・・」
「そーなんだよ。おかあさんは死んじゃったんだよ。」
「え・・?死んじゃったの? 死んじゃったって・・・もう会えないんだよね。田舎のおじいちゃんみたいに。お墓に入って出てこないってことなの?」
「だから、供養のために髭を剃ったんだよ。安らかにいてもらおうと思ってね。幸せに天国で暮らしてもらおうとね。一番大切なものをおかあさんにあげたんだ」
「お・・おかあぁ・・・んん・・・・」
って涙が出てきた。
おとうさんのひげもなくなるし、自慢のおかあさんにも会えなくなるなんて、今までの僕の世界が全く他人にズカズカふみこまれてたみたいに、それで悲しくなって。
悲しくて・・・涙がダーーって出てきた。
いっつもおとうさんは言ってる、「男はな簡単になくもんじゃないぞ」って。
だから、両手を顔にぽったりつけたんだ。
そしたら豆腐を素手でにぎりつぶすみたいにグチャグチャになってた僕の顔。
でも手をどけるのが嫌だし、嫌だし嫌だし嫌だし。
僕は泣いている僕が嫌になってきて、目の前にあった木目のテーブルのへりに頭をゴツンゴツンとぶつけたんだ。
そうしたらおとうさんの大きい手があわてて机との間に入ってくれた。
白い天井で白いシーツが僕を囲ってた。
気がついたら病院だったんだ。
おとうさんが横でコックリコックリしてて、また何もない天井をみた。
おかあさんの黒髪と笑顔とうるさい小言が天井に映ったんだ。
また、涙が出てきちゃって、でも今度は手でおおわなかった。
同じ病院におとうさんが1年後くらいに担ぎ込まれたんだ。
自動車事故で。
おとうさんは、両足ギブスで格好悪かったけどひげがあって格好よくて、その時ぼそっと言った。
「おかあさんはな、恋で死んだんだ。愛に死んだんじゃないぞ」
「え? こいでしんだの?」
僕はよく解らなかった。
「そうだ」
よく解らなかったけどおかあさんが帰ってこないってことには変わりはないし、おとうさんがつらそうだったので、話は終わったんだ。
家に帰って1人で言われた通りにごはんを作って食べてみた。
「お手伝いさんをやとってもいいんだぞ。でもな、これはチャンスだ。男は1人で生きていけるようになってこそ格好良いんだ。洗濯や食事も出来るようになってこそなんだ。だから食事は自分でやってみろ。コンビニで買ってもいい。自分で考えてみろ。ただ、折角だから夜は自分でスーパーいって買ってみろ」
っておとうさんに言われた。
そういえばおかあさんが寝ている時、おとうさんは洗濯も食事もしてたのを思い出した。
「うんわかったよ」
っていって頑張って声を楽しく出した。
うどんをゆでながら
「こいでしぬ。こいにしぬ? こいって、魚かな。魚を食べてしんだのかな。よくわかんないな。こいでしぬ〜〜♪ こいこいこい〜でし〜♪ ぬ〜♪」って口ずさんだ。
そんなんで、おとうさんの最高に格好いいひげが剃られたのは1回だけだった。
お棺に入った時もひげをしてた。
「恋で死ぬ。愛に死ぬ」って意味を、俺は後から知った。
執筆者:藤崎 道雪 (初投稿H15.9.6校正H15.10.1 )