宿題

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2006年11月18日(土) 傷をさらけ出さないことの痛ましさ/柴田元幸
「君にとっては何もかもがジョークなんだな」と彼は言った。
「そんなことないわ。ただ、口に出すと何もかもジョークになっちゃうのよ」

ローリー・ムーアの第二短編集『ライク・ライフ』に収められた
「狩猟をするユダヤ人」のなかの一節である。
ある意味でこれは、この短編集における典型的な一節ともいえそうだし、
またある意味では逆にまったく例外的な一節だともいえる。
なぜ典型的かというと、この本に出てくる人々はみな、
自分の言葉、自分の行為、自分の肉体、
自分の何もかもに対してつねにチグハグさを感じているからだ。
自分ではそんなつもりはないのに、
すべてがジョークとなって出てきてしまう。彼らはみな、
釣り道具を使って野球をすることを強いられた人物のようであり、
扇風機やうちわで寒さをしのごうとしている人物のようなのだ。

にもかかわらず、なぜこの一説が例外的かというと、
「口に出すと何もかもジョークになっちゃうのよ」という、
ほとんど悲壮感さえ漂う、自分の傷をさらけ出すような言い方が、
きわめて非ローリー・ムーア的だと思うからである。
あえていえば、この短編集全体が、この一言を言わないための──
あるいはこの一言をついに言ってしまう権利を得るための──
涙ぐましい、時にほとんど痛ましい努力であるように思える。
傷をさらけ出すことではなく、さらけ出さないことが痛ましいのだ。


★傷をさらけ出さないことの痛ましさ/柴田元幸★

マリ |MAIL






















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