宿題

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2006年06月22日(木) 誠実な詐欺師/トーベ・ヤンソン
「まだ行かないで」とアンナは頼んだ。
「あの、クリングさん、ずいぶん助けていただいて。
パパとママの家をおみせしたいのよ」
ふたりはいっしょに部屋から部屋へと屋敷を見てまわった。
どの部屋も独自の変わらぬ秩序にしたがっているのだが、
カトリにはたいした差とは思えない。
どれも色あせた青で、なんだか気が滅入る。
アンナはとりとめなく喋る。
「これはパパが新聞を読んでいた椅子よ。
雑貨店まで新聞を買いに行くのはパパと決まっていて。
パパは新聞を順序だてて読むの。
郵便物はめったに来なかったわね…。そうそう、
これがママの夕べのランプ、シェードにはママが刺繍をした。
この写真はハンゲーで撮ったものでね…」
カトリ・クリングはあまり喋らない。たまにそっけなく相づちをうつ。

「そしてね、クリングさん、パパは村に知り合いはほとんどいなかった。
でも、パパが通るとだれもが帽子を取ったの、いわれなくてもね」
「はあ」とカトリは応じる。
「それで、お父さんは帽子をおとりになったんですか?」
「帽子を?」アンナは呆然とくり返す。
「そもそも帽子をかぶっていたかどうか…。
変ねえ、パパの帽子を思い出せない…」
そしてすぐさま喋りつづけた。
アンナはひどく動揺している。多弁すぎる。
さて、こんどはママの話になった。
クリスマスに、村の貧しい人たちの家をおとずれて、
小麦とパンを配ってまわったんだとか。
「配られた人たちは気を悪くしなかったのですか?」
とカトリはいった。
アンナはさっと顔をあげたが、すぐに眼をそらし、
勇気をふるって話しつづけた。
パパの切手募集帳、ママの処方箋の手帳、犬のテディのクッション、
自分の善行と悪行が列挙してあり、
大晦日にじっくり読み返されたパパの日記について。

アンナは両親の家を見境もなくさまよい、
尊く愛すべきものを生まれてはじめて疑い、
あげくのはてに白日のもとにさらけだす。
タブーに挑んでいるという罪深い開放感にあおられて、
もはや自分を押しとどめられない。
気乗りしない客にパパの挿話や小話をつぎつぎと披露するが、
カトリの沈黙を待つまでもなく、意味はすでに失われている。
教会で高笑いするにひとしい。
剣呑な攻撃にさらされて、神聖なものの覆いが剥がされるが、
アンナは頓着しない。
声がうわずり鋭くなり、敷居につまずく。
ついにカトリはアンナの腕をとって、
「アエメリンさん、もう、おいとまします」
といった。アンナはふいに黙りこむ。カトリはやさしくつけ加えた。
「ご両親はとても強烈な個性の持ち主だったんですね」


★誠実な詐欺師/トーベ・ヤンソン★

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