宿題

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2006年03月23日(木) イン・ザ・プール/奥田英朗
マークが点滅した。
こんな夜に誰からだろうと見ると伊良部だった。
《クリスマスケーキは帝国ホテルから取り寄せました》
また始まったのか。一人鼻息を漏らす。
《イチゴが大きくて満足しました》
まったくいい大人が。
本来なら、サンタの衣装で自分の子供にプレゼントをあげる立場だろう。
《おかあさんがエルメスのパジャマをくれました》
力が抜けた。よく医者になれたものだ。
手持ち無沙汰なので雄太もメールを打った。
《ぼくはいま、女子校の女の子たちとスキー場へ行くバスに乗っているところです》
するとすぐさま返事がきた。
《ねえねえ、写真送って》
あちゃー。科学が進歩すると、嘘もつけないのか。
《すいません、嘘でした》
どうせ歳の離れた他人なので、正直に書いた。
《やることがないので一人で街をぶらついています》
何かを告白した気分だった。胸に、かすかに風が通った感じもする。
《ぼくも友だちはいないみたいです。ネクラなのがばれたのかもしれません》
すらすらと言葉が出てきた。なぜか素直な気持ちになっている。
《中学時代、地味な性格で友人ができませんでした。
登校拒否にもなりました。
高校生になったら自分を変えて友達を作ろうと、入学以来、
明るく振る舞ってきました。でもダメだったみたいです。
無理はするものではありません》
せいせいした。
本当は自分を偽ったり、他人の顔色をうかがう毎日に、
いいかげん疲れていたのだ。
伊良部から返事がきた。
《七面鳥の丸焼きは伊勢丹に届けさせました》
おいっ。人の話は聞かないのか、この男は。
《カナダ産の本物のターキーです》
だから友だちがいなくても平気なのだ。
《とてもおいしそうなので写真を送ります》
数秒後、画像が送られてきた。
テーブルというか、診察台のようなものの上に七面鳥の皿が載っている。
どうやらそこは伊良部病院の診察室らしい。
うしろにマユミさんが見える。
レンズに向かってピースサインを出しているのだ。ほかにもたくさん人がいた。
雄太は無性に人の声が聞きたくなり、電話を入れた。
「クリスマスイブだからね、退屈している入院患者が集まってきたの」
伊良部がのんびりとした口調でしゃべっている。
「どう、津田くんも入院する?」
マユミさんが電話に出た。
「暇ならおいで」いつもどおり無愛想な声だ。
「いいんですか」
「注射を打たれたいのならね」
「ひとつ聞いてもいいですか」
「何よ」
「マユミさん、彼氏はいるんですか」
「いないよ」
「ぼくじゃだめですか」
「子供はだめ」
間髪を入れずに返事された。でも愉快な気分になる。くじけずに話を続けた。
「どんな人が理想ですか」
「友だちがいない奴。大勢で遊ぶの、苦手なんだ」


★イン・ザ・プール/奥田英朗★

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