宿題

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2006年03月06日(月) トリツカレ男/いしいしんじ
「ときどき私、先生のことばを思い出すの」
ちいさなてのひらを重ねあわせてペチカはいった。
「冬のシーズンが終わるたび、先生がいっていたことばを。この冬!って」
おどろいたジュゼッペの顔にペチカは笑いかける。
「いつだって大きな声だったわ。
この冬、氷の上で私たちが身をもって学んだ、三つの大切なことはなにか、って」
「ああ」
とジュゼッペのタタンはあいまいに相づちを打つ。
「そのいち。氷の上の私たちは、いつかきっと転ぶ」
ペチカはつづけた。
「そのに。転ぶまではひたすら懸命に前へ前へとすべる」
「そうだ、ブレーキなんてなしにね」
ジュゼッペがうなづいてみせると、ペチカは少し間をおいてからいう。
「そのさん。
転ぶとき、転ぶ瞬間には、自分にとって、いちばん大事なひとのことを思う。
そのひとの名前を呼ぶ。そうすれば転んでも大けがはしない。
そうして転ぶことはけしてむだなことじゃない」


★トリツカレ男/いしいしんじ★

マリ |MAIL






















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