宿題

目次(最近)目次(一覧)pastnext

2005年02月13日(日) パラレル/長嶋有
「そういえば昼間、女がきたけど」

「どんな女だった」津田はいきなり真顔になった。

今現在、何人の女と付き合っているのかという疑問が浮かんだが、

それは後回しすることにした。

「なんか、唇がすごく赤くて」

「あいつか!」津田がいった(このときはすぐに通じた)。

目が正面を向いている。怒っているのだろうか。

「ひどいんだ!ひどいことした」

といってふーっと息をついた。遠くでレジスターがレシートを印刷するカタカタいう音が響いた。

「なんかいってたか」

今の口ぶりや昼間の女の様子から「ひどいことした」のが津田だとは分かったが、

どんなひどいことをしたのかは津田はいわなかった。



「何人と付き合ってんの、今」

やっと尋ねることが出来た。津田は、それに答える代わりに

「俺はね、恋愛は駄目だよ。他人の気持ちがわからないんだ」

と弱音をはいた。自嘲ではなくて言葉の通りだという。

「だって他人は俺じゃないから、分からない」

女は、分からないことが分からないようなんだ。

分かろうとしないだけでしょう、なんていうんだ。

「ああ、分かるよ。分からないのが分かるよ」

僕も力強く賛同して焼酎を呑む。

「いや、おまえたちは分かり合ってるじゃないか」と津田はいった。

おまえたちはいい、おまえたちはいいと何度もいって机に突っ伏した。

「よくないよ」

離婚するかもしれないんだ、僕はついにいったが、津田は泥酔して寝入っているようだった。



「俺、もうカタギの女は口説かない」といってみたり、

「大輔がもっと育ってくれればなあ」と職場の話をしたり、

ぶつぶつとうわごとを繰り返していたが不意に

「なあ七郎、おまえ俺が女に刺されるかなにかで死んだらさあ、

ヨットで沖まで出て、夜明けに俺の骨を散骨してくれるか」などといいだした。

船舶免許もないしヨットも持ってないよと答えるとガバリと起き、僕の顔をみて

「俺、おまえのそういうところ好きなんだ。いつでも打てば響くように

台無しな答え方してくれる」

と微笑んで、またテーブルに突っ伏した。

「いつでも」ってことないだろう。抗議しようか迷っていると(後略)。


★パラレル/長嶋有★

マリ |MAIL






















My追加