宿題

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2003年10月24日(金) 見仏記 ゴールデンガイド編 第2回/いとうせいこう
「経を詠めるっていいよね、しゃべれて」
 
しゃべれて……? 何のお告げかと意味をはかりかねていると、仙人は続けた。

「ほら、こっちの二人はしゃべれても、十一面とはしゃべってないもん」

「え? お経っておしゃべりなの?」

「コミュニケーションしてんじゃん、このおじさん。十一面としゃべってるんだよ」
 
いつもなら笑うところだが、なにしろ仙人の言葉である。

しかも、お経の本当の意味をずばり言い当てている気がして、私は黙った。



目の前には十三重塔があり、その向こうには何もない。うっすらと雨雲がかかる空。

「マジ鳴いてるね」
 
みうらさんがそう言った。ウグイスが強い声で鳴き交わしているのである。

「ああ、近くにいるね」
 
私はそれだけ答えた。たぶんやるだろうなと思っていると、

みうらさんは案の定ウグイスの声を口笛で真似始めた。

ガチョウといい、ウグイスといい、その日のみうらさんは鳥になりたい気分でいるらしいのだ。
 
ずいぶんと長いことやっていると、ウグイスたちがみうらさんを意識し出した。

そのうち鳴き交わす形になってくる。私はその音に耳を傾け続けた。
 
やがて、みうらさんはポツリと、

「でかい寺だったんだろうね。インドにいるみたいな気がするよ」
 
とつぶやき、またウグイス語に戻った。
 
ウグイスは様々に調子を変えて、みうらさんをテストする。

意味はわからなくとも、みうらさんはひたすらウグイスの出す課題通りに口笛を吹き返す。

私には、やがてそれが経を習う様子に思えてきた。

音に集中し、音を真似、難易度は上がる。

二十分もすると、みうらさんは数パターンの経を習い覚えていた。


★見仏記 ゴールデンガイド編 第2回/いとうせいこう★




■「仙人」はいつもと様子の違うみうらさんのこと。

マリ |MAIL






















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