宿題

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2003年05月02日(金) 犬が星見た ロシア旅行/武田百合子
こんなに広々としていて、しかも人も車も全く通ってないのに、

どうしてこんなドッカーンなどと、バカバカしい大きな音をたてて衝突出来るのかしら。

人がいないのだから野次馬もない。

つっ立っている唯一の目撃者である私に、婦人は興奮した涙声で何か訴えはじめる。

事故の状態を証言してくれといっているのだろうか。

(ロシア語が話せない人間である)ということと、(私の背後で事故が起った。

ドッカーンと音がしたので振り返ったのであるから、事故の起きる直前の車の状態は見ていない。

だから証言は無理である。何しろ、ドッカーンと音かしたので振り返ったのであるから)

ということを、私は婦人にわかってもらいたい。

うしろ向きになって歩いたり、「ドッカーン」と発声して、はっと驚く仕草をしたり、

心をつくし手をつくして、私が証人になれないことを証明する。

結局、私は「ドッカーン」「ドッカーン」だけくり返して言っているばかりだ。


「御機嫌いかがかね」竹内さんが訪ねてきた。

「あたしの御機嫌はこの通り。でも武田は御機嫌よろしくない。

『アルマ・アタにどうして行けないのかなあ』ばっかり、そればっかり言いながら、もうねました。

旅行に出る前『古代保存官』ていう本、読み返したりしてたの。

よっぽどアルマ・アタに行くのが楽しみだったらしい。

見てやって下さい。このしょんぼりとねてる格好。カマトトにもみえるけど――

何だかカワイソウだ」

私はおかしがって話していたのに、カワイソウと発音したら、どうしたんだろう、

急に涙が浮かんでこぼれた。


★犬が星見た ロシア旅行/武田百合子★

マリ |MAIL






















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