宿題

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2002年11月10日(日) 出会いのストーリー/松尾スズキ
意味ってモノに疲れることはありませんか?

そう言う俺は、二五才でヨコワケだ。

そこそこの広告代理店でそこそこの仕事をやっているが、俺の顔は童顔だ。

説得力にかける。

だからして上司の命令でヨコワケにしている。

ときどき会社の給湯室の鏡で自分のヨコワケ度をチェックする。

疲れてる。意味というものに追われる日々に。

そう、俺がやってるのは立ち上げる広告の「意味」をクライアントに説明する仕事。

いつも聞かれる。「で、そのコピーの意味は?」

意味、意味、意味の日々。世の中に説明のつかないものなどない。彼らはそう言いたけだ。

ときどき逆ギレしそうになる。意味ってモノが世の中の不自由の90%を作り出してるんじゃないのかい!

俺は午後一時に必ず給湯室にいく。

隣のビルの一室に住む女が窓越しに鏡に映りこんでいる。

その女がいつも一時になると窓にむかってゴリラの真似をするんだ。

ドンドンと両手で胸をたたく。必ずだ。なんかのまじないか。

意味がわからない。孤独なんだろう。きっとそう。淋しいと人はゴリラになるのだろうか。

やっぱりわからない。

でも、俺はなぜか救われる。あの、ゴリラの女を見ると、なんだか少しだけ自由になった気がする。

説明不可能な人間の存在が意味でがんじがらめの日々から俺を解放する。

午後一時。ゴリラ女をチェック。さらにヨコワケもチェック。

呼吸を整え、そして俺は意味との戦いの日々に、また戻る。それでいい。

きわめて俺は、前向きだ。

   ◇

毎日。そう。毎日。というのが肝心なんです。

午後一時になると私は窓の前でゴリラの真似をするんです。

胸をたたくんです。威嚇のポーズらしいんです。

意味? わかりません。でも、必要なんです。

私、『東京必要クラブ』ってとこに入ってるんです。

入会方法?秘密です。自分が世の中に必要ないんじゃないのか、

そう思ってる人に「必要」を与えてくれるクラブなんです。

そこには「必要をもらう人」と「必要をもらう人が必要な人」が集まります。

私はそこで飯島という女の人に出会いました。

とてもきれいな三〇代の女の人でした。

「あるビルに引っ越して、そこの窓際で毎日午後一時にゴリラの真似をしてほしい」

そんな必要をくれました。マンションの引越し費用はあちら持ち。

で、私は毎日言われるとおりにしています。ゴリラを始めてから、少しだけ活発です。

私前付き合ってた人におまえは無意味な女だって言われました。

夢も目的もないのに東京にいる奴は無意味だって。

傷つかない自分に驚きました。ボーッとしただけでした。

でも今、ゴリラをやっていて、まぁ、意味はわからないんですけど、毎月飯島さんに「ありがとう」って手紙もらって、

人に必要とされることってちょっと意味のあることだなんて、

恥ずかしいけどゴリラをやりながら、なんだか誇らしげなんです。

ウッホウッホと、胸をたたいて少しだけ、誰かに必要とされてるんです。

そんな私は変ですか?  

   ◇

お父さん。お元気ですか。私が家を出て、もう十年になります。

お父さんは頑固な人だから、きっとまだ私のことを許しては

くださらないんでしょうね。家を出たあの日から、会えない覚悟でいるんです。

ただ、許してはくれなくてもきっと心配はしているでしょうから報告します。

夫の詞がやっと売れ始めたんです。

だれもが知っている歌手の歌です。もう、私たちは大丈夫です。

だから今度は私にお父さんの心配をさせてください。

心臓はまだお悪いのでしょう。

お母さんがなくなって停年退職後、ビルの清掃業をやっていると噂に聞きました。

一人でいそがしく仕事をやっていて心臓の薬を飲み忘れるのが心配です。

午後一時。薬を飲む時間に、東のビルの窓を見てください。

胸を叩いている女の人がいます。私が頼んだのです。

その人を見たら、心臓のことを思い出してください。ごめんなさい、この親孝行。

わがままとして受けとめてください。

最後に夫の詞の中で私が大好きな一筋を書いておきます。

「誰かが誰かに絶対似てる。だから絶対一人じゃないよ。

でも人は泣く、一人だと。僕らの距離は遠すぎる。

でもその距離を、愛していいかな。宇宙のせこいかたすみで。

全部丸ごとだきしめて」

それでは、お父さん、さようなら。会えないお父さん、こんにちは。


★出会いのストーリー/松尾スズキ★



■なんと松尾さんのもありました。
こっちも全文コピー。

マリ |MAIL






















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