宿題

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2002年08月12日(月) 彼岸からの言葉/宮沢章夫
高平氏には、すでに異変が生じていた。

渡した小さなチケットを、もう五分以上も見続けているのだ。

間が持たないことの緊張感に耐えられず、そうしていることは分かるが、

そのチケットには五分間見続けるほどの情報量はなかった。

何を五分間も見ていたのだろうか。

竹中は、机の上にある文房具に書かれた文字を、意味もなく声に出して読んだ。

「ボールペンテル細字、か」

その意味のない言葉が、ゾーンを支配するエネルギーに、さらに力を与えたような気がした。

高平氏は、チケットと一緒に渡したチラシに目を移したが、少し読むと何を思ったか、

反転させてチラシの裏側を見た。何も印刷されていない。

「まっ白なんだね」

と私に訊いたが、それは見ればすぐに分かることだった。

私はそれに答えて、「ええ」と声を出したが、言葉はそれだけだ。

再び沈黙はやってきた。たまらなくなった私は、

「ここ原宿ですよねー」

と言ってしまった。

ここまで来るのに、竹中も私も、当然、山手線を利用し原宿の駅で降りたのである。

その質問には誰も応えてくれなかったので、なおさら気まずさは増した。

時折、外から洩れ聞える音楽が、気まずさを強調しているようだった。

再びチラシを表に戻した高平氏は、時間をかけてそれを読み続ける。

壁に貼られたポスターを見ていた私は、

「ポスターかな」

と不思議に明るい声で言った。

その時、竹中は窓の外を見ていたが、腰に手をあてると決心したような顔をした。

「晴れてますね」

私も竹中も、何をしに来たのかすでに分からなくなっていた。


★彼岸からの言葉/宮沢章夫★

マリ |MAIL






















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