宿題

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2001年09月26日(水) 「こどもだった自分」からの合図/工藤直子
くりかえし記憶の底からうかびあがる事柄があります。


たとえば、五歳のころの、ある日の夕焼け。

遊びほうけた後、家に帰る道すがら、ふとふりかえると、赤く渦巻きながら、

太陽が地平に落ちるところでした。真横からの光を浴びて景色も私も真っ赤に染まっていた。

真っ赤な世界の中で身動きできない。

しかし、わー、と叫んで駆け出したくもある……そんな風景の記憶です。

たとえばふざけていて花瓶を割ってしまい、瞬間周囲が桃色から灰色に変わり、

お腹がきゅっと痛くなったこと。たとえば息をつめて蝉をつかまえようと狙い、

すんでのところで逃げられた蝉のおしっこで濡れた指。

いやもっと、ごく普通の、たとえば夕食の時間に、父がビールを飲む、

そのごくりごくり動く喉元の記憶など。


くりかえし現れる、こどものころの記憶には、不思議な合図が、ひそんでいるのではなかろうか。

なにもかもが「お初」だった、あのころの自分からの伝言のような。

そしてそれは(喜びの記憶であれ悲しみの記憶であれ)私をどこかで支え、

励ましてくれているようなのです。

(あなたは独りでない。沢山の「こどものあなた」が、いつもそばについているから大丈夫)

とでもいうように。


★「こどもだった自分」からの合図/工藤直子★

マリ |MAIL






















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