小説という物

小説を書くといくつかの感情が生まれている気がする。
一つ目は、もうずっと昔からある自分を出さなきゃという味を出す感覚。
二つ目は、書いてる事に対する存在意義。この話はどうなんだろうとか。
三つ目は、めんどうとかそういう一般的感情。
好きなことをやってきたはずだ。
でも、周りが多くの人に認められ始めた。
案外、自分の周りにもそう言う人はたくさんいた。
そういう真実はずっと無意識のうちに私をくるしめる。
才能とかないんじゃないのかとか。
でも、本当は違うことも知っている。
努力が全く足りてないことも知っている。
本当は軽音での三年間は文章を書くべき三年だったのかも知れない。
もし、そうだったとしたらその代償は大きすぎる。
でも、この三年官に後悔は少ない。
そして、今でも不思議なのは私は小説家になれないと思わないことだ。
思っても不思議は無いが思えないのだ。
多分、なれると思うのだ。
でも、それよりも強く思うのは死ぬときは小説家でありたいと思うのだ。
この先何十年そうであろうとも。
最後は自分の作品が世に出てなくなりたいのだ。
2006年01月22日(日)

馬鹿日記 / 硝子