singersong professor KMの日記

2008年08月17日(日) おすもじ

 私の母方の祖父は根っからの京都人だった。その祖父が寿司(とりわけちらし寿司が好きだった。京都ではこれを「ばら寿司」という)のことを「おすもじ」と言っていた。何のことだかよくわからなかったけれど,小学校の副読本(「私たちの京都」などという本だったと思う)で,御所の女房言葉に「お*文字」という迂遠な表現をするのがはやり,それが京都市中でも広まった,と確か書いてあった。だから,寿司の最初の一文字「す」をとって,お「す」文字,と言っていたという。

 なるほど,「おすもじ」の語源がこんなところにあるなんて,などと思ったものだ。今では死語になった,「恥ずかしい」の「お*文字」表現として,「おはもじ」とか,「髪」が「おかもじ」となったり,「お目にかかる」という「目」が「お目もじ」となったりしたわけだ。今でも残っているのは,「杓子」の「お*文字」表現としての,「おしゃもじ」これから「お」がとれた「しゃもじ」くらいなものだろう。

 こういう古い言葉がだんだん廃れていく。ま,時代といえば時代なのだが,記録として残しておく必要があるように思う。私たちの子供時代は,まだまだそういう古い習慣や言葉が残っていたが,高度成長期以後,日本は急速に変化し,習慣や言葉も変化した。これくらいの変化はよいのだが,文化全体が変化し,文化に誇りを持つということがなくなると,日本人は果たしてそのアイデンティティをどこに求めるのだろうと,心配になる。

 今朝,我が家で少し話していて「おすもじ」という言葉を思い出し,そして今また,日本人論にまで下記及んでしまったが,根底にしっかりしたものがないと,グローバル化を乗り切れないのではないかと,最近強く思うようになった。


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