singersong professor KMの日記

2006年12月05日(火) 教育問題

 ここのところ,日経1面に「ニッポンの教育」が連載されている。また昨日も教育面に「履修漏れの背景」が東北大学副学長荒井氏により書かれていた。先の連載の今朝の記事は深刻だ。県立高校の半数が学校以外で全く勉強していないという。「授業がわからない」→「面白くない」→「勉強嫌い」→「勉強拒否」という「負のスパイラル」に陥っているという。大学・短大進学率が5割だから,はじめから5割は大学に来るはずもない層だということがわかる。そのわかっていない5割の中からでも大学・短大に進学している者もいそうだ。

 教育の崩壊が国力を低下させることは目に見えている。時間がたつとだんだんボディブローのように利いてくるはずだ。まことに困ったことだ。大学生でも「職業観の欠如」「無気力」層がいるという。「学びからの逃避は,社会を生き抜く力の喪失につながる」という指摘は的確だ。

 後者の「高校履修漏れ」も深刻だ。かつて「なぜ日本の大学は米国の大学のように入りやすく出にくい大学をつくれないのか,と論議された。日本の大学は今や米国の大学よりも確実に入り易い。とはいえ,入ってくる学生の学力は保証のかぎりではない」と指摘されている。大学経営の観点から誰でも入れるようにしているわけだが,これが「高等教育への投資を惜しんできた国の責任」だと指摘されている。もっともだと思う。高等学校で授業がわかっている生徒は3割だろうといわれている。

 「学校システムを支えるための肝心の仕組み(教育力)がない。数だけが,収容力だけがそれに近づいている。明治以来の近代学校制度はもはや老朽化した」という。全く同感だ。現状を出発点として,どう改革していけばよいのか。そこまで踏み込んだ議論は,しかし,まだまだ少ない。

 私見によれば,社会の現実が子供たちに伝わっていない。かつてであれば,親の働く現場の近くにいた子供たちも多かった。また,社会の現実を子供たちに伝える仕組みがあった。今は親も社会それを伝えきれていない。働くことの意味,生きることの意味を伝えきれていない。学校,社会の教育力が低下しているのではなかろうか。

閑話休題

 ここ数日寒い。下記記事から,京都にも初氷がはったことがわかる。

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初氷観測、一面“霜できらきら”
京の朝、1月下旬並みの最低気温

 5日朝の京都は最低気温が0・6度まで下がった。前日に続いての冷え込みに、初氷も観測された。

 京都地方気象台によると、上空の寒気と快晴による放射冷却現象で朝の気温が低下。午前7時すぎに平年(4・0度)を大きく下回る1月下旬並みの最低気温となり、今冬一番の寒さとなった。



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