singersong professor KMの日記

2006年09月08日(金) 革新,改革

 最近書いた「松村通信」において,つまるところ近年の改革機運の怪しさについて書いた。改革だ革新だという耳障りの良い言説の怪しさに疑問を懐く。改革革新を唱える「彼らの中において,真に世界の大勢を達観し,国家内外の実情を認識して,たとえ一つたりとも理論あり,根底あり,実行性あるところの革新案を提供したる者あるかというと,私は今日に至るまでこれを見出すことが出来ないのである。国家改造を唱えるが如何に国家を改造せんとするのであるか,……しかもこの種類の無責任にして矯激なる言論が,ややもすれば思慮浅薄なる一部の人々を刺激して……」云々。これは昭和11年5月7日の齋藤隆夫代議士の粛軍演説である。

 「当時の政治家はその大衆に迎合する立場(ポピュリズム)をとって」軍隊にすり寄ったという(松本健一「日本の失敗」岩波書店,2006年)。松本氏のこの著書はこういう文庫本になる前,1998年に東洋経済新報社から出版されていた。当時はこの著書に気づかなかった。自身の不明を恥じなければならない。私がポピュリズムの危うさを強く感じたのは,昨年の郵政解散後の選挙であった。

 なお,同書では末尾に「戦犯とは何だったのか」を補の章として収録している。最近の靖国問題,A級戦犯問題,東京裁判の問題を考える上で有用だ。第3の開国の今を考えるのに,同書は有効であると思う。ちなみに第3の開国に関わって同書は言う。「国家が滅びるのは,敗戦によってではない。また,経済によってでもない。国家の再生の方途を指導者が示すことができず,それによって国民が気概をもって苦難を生き抜いてゆく目標を見失ったとき,国家は滅びる」と。


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