羽積風narration
…どうかなぁ?

2002年05月08日(水) 小心者の自殺

不確かな記憶だけれど、globe の
『 wanna be a dream maker 』
という曲のプロモで、ガラスが割れて飛び散ってボーカルの
KEIKOが頭を抱えてむちゃくちゃになっている画がある。

ここ数年の私は、あの部分だけが心の中で繰り返し繰り返し
再生されているような感覚だ。

それでも
前後のことや世間体・誰かの一方的な期待・明日食べるお金
今日引き受けた仕事・昨日の発言・・・
そんなことを全部全部忘れて、羽目をはずして
気が狂ってしまえないところが、私の駄目なところなんだろう。

何もかも捨てて逃げても、案外どうにか生きているはずなのに。
それはそれで、それなりに、すべては動くはずなのに。

どんなにムチャをしているようでも
私の心には常に、冷静なブレーキが存在する。

明日のことが、心配だ。

人間は、弱いようで、強い。強いようで、弱い。
陳腐なセリフだけど。

適当なところで無責任に壊れておかないと、
後々大変なことになるような気がする。
大変なことになることさえできずに、
このまま老いて寿命を全うするような気もする。

昨日読んでいた田口ランディのコラムで

人を殺す人(自殺・他殺ともに)は、その人の『自我』を殺したいのだ。
肉体に恨みがあるわけではない。が、自我だけを殺すことができないから
肉体ごと自我も抹消することになるのだ。

というようなことを書かれていた。
(解釈が違っていたらごめんなさい)。

だとすると、今の私はまさに、その
『肉体を殺さずに自我だけを殺す』ということを
行なっているのではないかと思ったりする。

なんだ。私ってけっこう器用じゃん。


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汐 楓菜 [MAIL] [活動記録]

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