誰かの犠牲の上に成り立つ種類の幸せがあって、 たくさんの人の願いを聞き入れることは 裏でたくさんの人を悲しませていることだったりして、 それでもそのとき目の前にいる人の笑顔を見たいがために 願いを聞き入れてしまうというのは非常に短絡的だけれど、 よく考えたからといって相対的に何が正しいかなんて 答えがあるわけでもなくわかるわけでもなく、 それなら短絡的でも安直でも感情のままに 目の前にいる人の笑顔を見てもいいんじゃないかと 思ったりもするわけですが、 それが後でどんな大きな問題を引き起こすかを 後でどんな大きな傷に育つかを 想像できないほど馬鹿にもなりきれず、 なんだかんだと言って最後にたどり着く判断基準は 『世間体』とかいうくだらないものだったりするわけです。
・・・ごめん。なんだかよくわかんないね。
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