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| 2004年01月21日(水) ■ |
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| 仮面ライダーファイズ 個人的考察 |
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今回でファイズ関連の日記は最後にしますのでご勘弁を...。 かなりの長文ですし、ファイズをご覧になっていない方には 何のことだかさっぱりだと思います。 ごめんなさい。
仮面ライダーファイズは、色々な伏線がはられていていました。 平成ライダーの特徴である謎も多数存在し、解明された内容もあるのですが 謎のまま終わってしまったものもたくさんあります。 解明されない謎については、視聴者の想像にお任せするというのが、制作者 側の意向のようです。 確かに現実社会でも全てのことが明らかになっているわけではありませんし 、手品だってタネ明かしされたらつまらないこともありますし。
でも、自分なりに分析?してみることにしました。 (個人的な解釈なので、正しいわけではありませんので。(^_^;))
ファイズのメインテーマである『差別や偏見の問題』と『夢』に対して、 登場する人物がどのような考え方、行動をとっていたかを振り返りながら 分析したいと思います。
改めて、このテーマに着目して振り返ってみたときに分かったことが、 複数の対極に位置するキャラクターが存在することでした。
・巧 と 木場 ・花形 と 村上 ・草加 と 北崎
さらに中間的な立場にいるキャラクターとしては
真理、啓太郎、海堂、結花がいます。 (他にもたくさんの魅力的なキャラクターがいるのですけど割愛)
まず、主人公である巧とオルフェノク側の主人公とも言える木場の違い について。
巧の場合、劇中での描写はありませんでしたが、かなり以前に、オルフェ ノクになっていたと思われます。異形の存在としての自覚があったから、 『夢』を持たずに、人との関わりを避けて暮らしていました。 しかし、仲間と出会って暮らしていくうちに、そんな巧にも変化が現れ ます。 「『夢を持つと、時々すっごい切なくて、時々すっごい熱くなる』・・・ らしいぜ。俺には夢がない。でもな、夢を守ることは出来る!」
このとき、どうして巧が夢を持てないのか、考えていれば、彼がオルフェ ノクだったことに気がついていたかもしれません。 (ファイズって結構、こういう伏線になるエピソードが多いですね。 最初の方で、巧はライダーに変身出来るのに、真理は出来ない。 でも、敵のオルフェノクにベルトを奪われたときも変身されていたし。 巧がオルフェノクであることは、結構最初のうちからネタバレしていたん です。)
仲間を得て、成長していった巧にも、途中、試練がやってきます。 自分がオルフェノクであること、また、もしかすると真理達を襲ってしま ったのではないか?といった不安から、やっと得た仲間から離れ、自暴自 棄になり、さらには、殺して欲しいと依頼してしまうほど、悩みます。
しかし、人を襲っていないことが分かり、更なる信頼関係を築いた巧には 怖いものはありませんでした。
巧は、ファイズの中で一番、差別や偏見を持っていない人物?なのだと 思います。だから、木場たちに対しても、オルフェノクだからといって 接し方を変えようとはしませんでした。 人であれ、オルフェノクであれ、そんなことは関係ない。 相手の本質を敏感に感じとる能力があるのかもしれません。
ウルフオルフェノクであることを隠して、人との関わりを避けていた巧が、 ファイズとして戦うことを決意したとき、一匹狼から仲間を持つ人として 成長した瞬間だったのかもしれません。
一方の木場は、友人や恋人からも裏切られ、両親や人としての本人の命を 失うところから始まりました。 結果的に、裏切りに対しての復讐を実行してしまった木場は、そんな自分 を許せなかったのだと思います。 だからこそ、人らしくありたいという思いが強くなります。 オルフェノクとして、人を襲うことを命令されても、ずっと拒み続け、 逆に人を守ろうと行動します。
色々な苦難や誤解はあるのですが、途中、巧という親友を得て、共に戦う ことを誓います。
ですが、オルフェノクを亡き者にしようとする警視庁の南によって、攻撃 され、仲間である結花の死をきっかけに、どうしてここまで人のことを 思って頑張ってきたのに、分かってくれないんだ! とばかりに、人とし ての生き方を捨て、オルフェノクを守ることを選択します。
木場は、あまりに『差別や偏見』に翻弄されすぎです。 ここが、巧との大きな違いではないかと...。
しかし、その苦悩は、最後まで続きます。 最終話で、巧が変身を解かれフラフラで逃げているときに、木場はとどめ を刺しませんでした。 また、海堂が巧の居場所を尋ねたときも、病院にいると明かしてしまいま すし、明かせば、海堂達が救出に向かうことぐらい予想出来ると思うのに、 その連絡をした様子もありません。 また、直前までオルフェノクの王を守っていたのに、わざわざその場所を 離れて、救出された巧と一対一の勝負を挑むところは、悪に徹しきれない 心の弱さを表しているような気がします。 もしかすると、巧に倒してもらいたかったのかもしれませんね。
そうそう、最終話で気になっていたのが、やたらと画面に網が使われてい たことです。東映さんのホームページを読むと、それを匂わす箇所があり ました。えっ! オープニング? 平成ライダーは、アギト以降ずっと田崎さんという監督の方が制作されて いるのですが、最終話は、違う監督の方でした。しかし、ファイズで仮面 ライダーから離れる田崎監督が、どうしてもと願って、最終話を制作され たようです。(仮面ライダーの監督は、複数名いらして、数話単位でロー テーションされているそうです。) オープニングの制作も田崎監督が携わっていらっしゃるとのことで、改め て見直してみると、巧の登場する場面で、顔の前に網がかかっています。 次のシーンでは、円筒形の網のカゴ?の一部が破れていて、前を歩いてい る巧が映っています。
最終話でも、巧と木場が戦って、最後、木場のとどめを刺さずに立ち去る 場面で網が登場します。 「なぜだ!なぜ止めを刺さない!」。問いかける木場の言葉に、巧は答 えます。「言ったはずだ。俺は人間を守るってな・・・。お前も人間だ」 外見等で差別や偏見を持たない巧は、二人の前に偶然あった?網の裂け目 をくぐって、真理たちのもとに向かいます。 しかし、木場は、自分の心の弱さを、巧の姿をみて思い知らされてしまう のです。だから、あの絶叫に繋がってしまう。 そして網を越えることが出来ない。
つまり、あの網は、ファイズのテーマである差別や偏見を意味した存在なの かもしれません。
最後、木場は、その網を潜り抜けて、巧たちの前に現れます。 「俺には分からない、何が正しいのか。その答えを君が俺に教えて くれ!」 最後まで、苦悩する木場ですが、あの網を越えた瞬間、木場も成長出来た のだと思います。
そういえば、最終話のエンディングも網がありましたね。 巧、真理、啓太郎が寝転ぶ草むらが画面に映り、だんだんと引いていった ときに、網の裂け目から、彼ら三人を写していたことが分かります。
そこにいる真理と啓太郎も、巧がオルフェノクであることを知りながらも 差別や偏見なくいる仲間たちです。
差別や偏見に満ちているこの世の中で、あの三人のように、きちんと強い 心を持って立ち向かって欲しい。 そんな制作者のメッセージが込められているのかもしれません。
追伸 その1
視聴者の気になるポイントの一つ。 巧は結局どうなるの?
敢えて、巧の死の描写はありませんでしたが、個人的には、それほど 先は長くないだろうと推測します。
それは、最終話の最初の方で逃げている場面。 巧の視界が不確かになっています。
さらに、オルフェノクの細胞崩壊実験のため、死期が早められたことは 間違いありません。
オルフェノクが永遠の命を持つためには、エビ姉さんのようにオルフェノ クの王の力で、完全なオルフェノク(人間体に戻れなくなる?)にならない 限り駄目なようです。 琢磨さんだって、残りの命を人として生きることに決めましたと言っている ぐらいだから、遅かれ早かれ、完全体にならない限り、死ぬでしょう。
そして、草むらで夢を語り合っている巧の視力は、自分の指すらボケて 見えるようになっていました。最初、何らかの理由で、灰化がとまった こと(巧は死なない)の暗示かと思ったのですが、何度見直してみても、 視力が落ちていることを表現しているようにしか思えません。 そして、その視力が落ちていることを認識したときの巧の表情、これが 悲痛でした。 やはり、夢を語って目を瞑ったとき、そのまま息絶えてしまったのかも しれません。
追伸その2
巧と木場の違いに関する考察だけで結構長くなってしまったので割愛 しますが、他の登場人物の対比について一言ずつ。
花形 滅びゆく種の運命を悟ったとき、オルフェノクは滅ぶべき存在だと認識。 村上 オルフェノクこそが、世界を支配すべき存在であり、滅びゆく種の運命 も、オルフェノクの王の力で変われるのであれば、自分の命も捧げた。
草加 人(真理)を守ること、また自分たちを殺したオルフェノクに対する復讐 だけで生きていた。結局は、戦うことだけが全てだったのでは? それが彼の信じる道だったから仕方ないかもしれない。 仲間を信じられず、差別や偏見に満ちていた彼は、あの網を越えることは 出来なかったに違いない。
北崎 何でも、面白いことと茶化してはいるが(人間体のときの幼児性)、 オルフェノクに変身したときの凶暴性は、結局戦うことが全てだったよ うな気がする。触るもの全てが灰化してしまう彼も、ある意味孤独で あったに違いない。草加とは、対極に位置する存在だが、本質は似ていた のかもしれない。
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