かなしいうわさ
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今週のテレビブロスに、メタモルフォーゼについてのレポートが載っていて、読んでいたら堪らなくなってきた。 メタモの前身だったレインボー2000は、最高に楽しかった。 夜の闇の中、ぼやーとねっころがって星空見ながらミックスマスターモリスの衛星ライブ聴いたり、サワサキさんのドランベでへろへろ踊ったり、アンダーワールドで走り回ったりしたものだ、ああ、あれは本当に楽しかった。 で、レポを読んでいるとメタモルフォーゼはフジロックが今はなくしてしまって、レインボー2000には確かにあった、適当さ、気持ちのいいほっとかれ方、絶妙な人と人との距離感をまだ持っているみたいなのだ。 うーん、来年は行きたい。行こう。行かねば。行きましょう誰か。SくんIくんTさんSさんRさん辺りどうすか?
以下TVブロス2003年21号22〜23P「メタモルフォーゼ顛末記」(岡本俊浩)より抜粋。
何時間座っていたんだろうか。記憶がかなり曖昧だったけれども、徐々に座っていたオーディエンス達が立ち上がり始めた。「何事か」と思い見回すと、夜空に微妙な変化が起こっている。デトロイトの3チェアーズがDJをするブースの彼方。僕らは勿論、周囲の意識のほとんどがそこに集中していた。そこには山の稜線があり、湧き出す雲がうっすらと見える。 「ああ朝だァ」 周りの誰かがおぼつく体を起こしながら言った。七色のスペクトルが、稜線と雲の輪郭を照らしていた。あれ程強烈に輝いていた星たちが、スペクトルに圧倒されていく。それを感じ取ったのか、セオ・パリッシュが鳥肌が立ちそうなヴォーカル・ハウスを投げかけた。低域を目いっぱい絞り、高域をドラマティックに開放する。彼十八番のテクニックが崇高な瞬間をさらにアジテートしていく。自分がいる場所が標高1200Mで雲の上だった事。 それに気付いたのは、崇高な暁が終わった直後だった
(以下は井上薫aka Chari Chari 談) 「俺はさ、クラブに行ってもDJをしに行っても、自分を俯瞰したくないんだ。でも、それは今難しいのかもしれないな。だから野外っていうのは、開放装置だよね。うん、幻想でも構わないと思うよ。人間ってさ、生きていく中で社会的な規範を守らなきゃいけない。でも、それが延々と続いたら堪らないよ。『壊れたい』と『自己規定』の狭間で悩むことは多いな。」 「宗教って言うと誤解されるかもしれないけど、『場』なんだろうね。音楽を聴くにしても何を聞いたら良いのか分からない。それにさ、生きていく上での圧迫感って年々強まっていると思わない? 監視社会〜資本主義の行き詰まり感って言うかさ。国家や社会も信じられない。パーティはそういう時代のある意味、『場』なんだろうね。少なくとも信じるに値する」
 ・Pharoah Sanders /Love in us all 何故かファラオ・サンダースのCD再発が続いているが、なかでもハイライトはなんと言っても世界初CD化のこれだ。 愛はそこらじゅうにあるよー!あるんだよー!!と、へたくそなボーカルで歌いまくり、登りつめていく『Love is everywhere』はまさに20分間の至福。 トラベリング・ウィズアウト・ムーヴィング! ジャケも素敵じゃないか。 一家に一枚家宝モノなのに初回完全限定生産だそうなので、絶対に買い損ねの無い様に!!
【今日曲】 Pharoah Sanders /Love is Everywhere

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