昨日エロ本の日記を書いてtopを見たら、70008でした小野上です。いつも来て下さる皆様ありがとうございますv 70000踏まれた方、よろしければ掲示板かメールにてご一報下さいな。 昨日のろくでもない原風景よりはもう少しマシな原風景の話。うちが転勤族であることはいつかの日記にも書いたような気がするのですが、幼稚園から小学一年生・一学期まで大阪に住んでました。近くに鶴見緑地、という公園というか草原があり、よくそこへ遊びに行っていたことを覚えています。 ここで「ああ、花博の」と思われた方も多いのではないかと思います。鶴見緑地はその後国際花と緑の博覧会(通称:花博)の会場として使われました。 私が覚えている限りのあの場所は、ひたすらに草原が広がっているだけの他に何もない場所。遊具の類があった覚えはまるでなく、そこで駆けずり回って遊んでいた記憶しかありません。なぜか行く途中の道で何度も「とおりゃんせ」を歌っていました。 その後引越しをして大阪を離れ、再び訪れたそこはもう花博のために整備された一大アミューズメントパーク。あの草原はなくなっていました。 一年生の三学期から三年生の終わりまで通った神戸の小学校も、小旅行で訪れた際隣にあった小学校といつの間にか合併していてびっくりです。元々小学校が二つ隣接している、というのもあまり聞かない話ではあるのですが、どうやら部落差別が関係していた模様。考えてみれば私が通っていた方は面白いぐらいボロボロの木造校舎(隣は鉄筋)。狭い校庭を生かすため、夏以外はプールの上に板を張ってその上でなわとびとかしてました。 あの震災の影響もあったのではないかと思うのですが、校名は変わり木造校舎は取り壊され、校歌にも歌われていた楠が立っているのみ。後は面影は何もなしです。 私の書く小説にはやたら砂漠や故郷のない人が出て来るのですが、この辺りが微妙に影響しているのかもしれません。そういやグレンシールも花畑を焼いてた。
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