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■ くすぐったい
くすぐったいってめんどくさい感覚だ。あれ、何のためにあるのかよくわからない。けがの発見なら痛いで済むし。人一倍くすぐったがりの彼女はある日、口をとがらせてそんなことを言った。 (おやおや、何か不機嫌ですな) お腹が空いているのかも知れない。最近、くすぐったがりをネタにされる機会が多かったからちょっと本気でぷんぷん丸なのかも。基本、温厚なんだけどね。20歳になってからと言うもの、こうやって二人で彼女の家でのんびりしてる時間が増えた。今日だって、明日授業ないなら泊まっていきなよ、と甘えるようなお姉さんぶってるような、程よく混ざりあった声で言われたので二つ返事でOKしてしまった。二人でのんびりって、前は主に昼間だったのに。 (これが大人ってやつなのかな?) 大人に憧れはするけど、何がどうすると大人なのかは全然知らない。一つだけわかるのは、誰よりもお手本にして憧れている大人である彼女の接し方が少しずつ変わってきてるってこと。こうして、前は隠していた不満を少しだけこぼすようになったのも、その一つ。少しは対等に見てくれているんだろうか。 親からの返信を見ると『三上さんに迷惑かけちゃだめよ』と書いてあった。うれしいけど、ちょっと恥ずかしい。親公認?確かに、ライブ前にお互い挨拶してるから面識はあるけど。 「何かあった?」 頭を拭きながらひょこっと隣に座る。特にぷんぷんはしてなさそうだ。 「ん、お母さんからメール来てた」 「そっかー」 目の前のこの人は、ただの先輩なんかじゃなく、年上の恋人。 (あ、なんかいいね、その響き) 自分で言って自分で興奮する。今はまだ親には言えない秘密。 (これが大人ってこと?) 家族に言えない秘密ができることが、大人。なんとなくそんな気がした。湯上がりでほかほかしている彼女の首筋にそっと手を伸ばす。 「ひゃっ!な、なに、なにするのゆかちん」 「まだなんにもしてないけど…くすぐったいのがいやなんだよね、みかしーは」 「そうだけど」 本当はその白い肌に、柔らかい肌に、触れたい。 (お、これもなんか大人っぽいかも) 「くすぐったいって、警戒してるからなんだって」 これは本当?嘘かも知れないけど、前にネットで見た豆知識。鉄壁のバリアーに侵入されることを激しく嫌う彼女が極度のくすぐったがりなのは、何だか理屈に合う気がして。 「私なら警戒しなくっていいんじゃない?」 今はこの説を積極的に採用している。 「そ、それはそうだけど。ていうか、私ゆかちんのこと警戒なんてしてないよー」 ですよねー。ていうか、これだけ親しくしといて警戒されてたら悲しいっす。だから彼女がくすぐったがるのはそういうことじゃなくて。 「私には慣れていこうよ、みかしー」 いつかくすぐったく感じないで触れ合えるように。彼女は、そっと私の手を取って、黙って自分の両手で包みこんだ。 「…慣れたら、私どうなるの?」 「どうって?」 「ゆかちんに触られたら、くすぐったくないならどう感じるの?」 「?どうなんだろう」 何も感じないっていうのは違う気がする。焦って読み飛ばしたから、結論はよく知らない。彼女の手はとても暖かい。一生懸命がんばって、自分の手を受け入れようとしてくれている。ぎゅっと目をつぶって、彼女は自分の手をそうっと心臓の上に導いた。 (え…心臓の上って、それって) 「ど、どう、かな?ゆかちん」 (む、え?みかしー、大胆すぎるよ!?) ぎゅうっと。確かな厚みが手に押しつけられる。着替えの時に某T氏の胸が柔らかそうだなって思ったけど、人間やっぱり見た目じゃわからない。 「あ、あの、すごくうれしいんだけど私」 「ぜったい指動かさないでね!今なら、この状態なら大丈夫だから!」 「ええええ!逆に拷問だよ」 くすぐるという動作を考えてみると、確かに指が動いている。ただ手をくっつけているだけなら、くすぐったさに襲われない。ちなみに、その夜はそれ以上特に何もなく。煽られるだけ煽られて行き場をなくした情熱を持て余して、いつも以上に眠れなかった。 聞こえてくるのはいつものように、寝言と寝息だけ。 (大人って…大人って) 手に残った柔らかな感触だけが、大人への扉の道しるべ?導き手は彼女の謎の気分次第?少しだけ頭を抱えたくなる。まだ、先は長い。しかもたどり着く先がちゃんとした大人なのかは、甚だ不安。 (ちゃんと私を大人にしてよ…みかしー) 仲間に言えばきっと、頼む相手間違ってるってツッコミ入れられそう。
2013年06月26日(水)
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